1995年3月30日、当時・警察庁長官であった国松孝次を撃った男は誰なのでしょうか?
事件10日前の1995年3月20日にオウム真理教による地下鉄サリン事件が起きたことから、警視庁はオウム真理教の犯行と思い込んで捜査を続行、警察庁長官狙撃事件は時効を迎え迷宮入りとなってしまいました。
なぜ警察はオウム真理教犯行説にこだわり続けたのでしょうか?
突如「自分が撃った」と自供した孤独な老テロリスト・中村泰とは何者なのでしょうか?
今回は、そんな警察庁長官狙撃事件について紹介します。
『警察庁長官を撃った男』中村泰とは何者なのか?真犯人はハヤシなのか?
事件の詳細が書かれた本に『警察庁長官を撃った男』があります。
警察庁長官狙撃事件のことはもちろん知っていましたが、これまで関心はありませんでした。ほとんどの方と同じように、警察やマスコミの発表通りオウム真理教の犯行だろう程度の認識しかなかったのです。
なぜ関心を持ったのかというと、真犯人を名乗る中村泰なる老人の登場がきっかけです。中村泰は平和なこの日本という国の中で「私は革命家である」という自意識を持ち生きていました。
中村泰とは何者なのか?
中村泰は、1930年生まれ東京都出身、学生運動に身を投じて東大教養学部を中退、その後、26歳の時革命運動資金をねん出する為に銀行強盗を計画、その計画前に警官に職務質問を受けてその場で持っていた拳銃で警官を射殺、無期懲役の判決が下り20年服役後46歳で出所しています。
20年にも及ぶ刑務所生活でチェ・ゲバラの存在を知り傾倒、原著を読むためにスペイン語までマスター、出所後は1人でアメリカに渡り射撃訓練を受けています。傭兵として南米の革命軍に加わろうとするも計画はとん挫し、アメリカで同じく射撃訓練を受けていた日本人と出会いました。
それがコードネーム・ハヤシです。ハヤシは中村泰に言います。「日本人なんだから日本で革命を起こすべきだ」と。2人は「特別義勇隊」を結成して来るべき革命決行の為に準備をはじめます。中村泰は日本に帰国後、銃・弾薬などを日本の数か所の貸金庫に保管。警察は圧倒的なその銃器の量を見て「1人で戦争でもおっぱじめる気だったのか」と驚いたほどです。
中村泰は長男で2人いる弟の1人は大学教授です。大学教授の弟とは1年に1回程度会っていました。弟から「もう真っ当に生きて家族に迷惑をかけないように」みたいなことを言われた中村泰は「今さら表の世界では生きられないよ」という覚悟を告げています。さらに「兄貴はどうやって生計を立てているの?」と聞かれた中村泰は「砂糖などの先物取引で生活している」と答えています。日々移り変わる相場の世界は難しいもので、そうそう安定して稼げるものではありません。先物取引で生活する為には、分析力など頭脳だけでなく、自制心など精神力をも兼ね備えていなければできることではありません。
警察庁狙撃事件は1995年中村泰が60代半ばの犯行、中村泰の思惑通り警察はオウム真理教を壊滅に追い込んでいました。それなのに、それから7年後の2002年なぜ金に困っていない中村泰が72歳にもなって名古屋の現金輸送車襲撃をやったのか判断に苦しみますが、そこはやはり孤高のテロリストの独特な考え方があるのでしょう。お金に困っての犯行ではなく、というのも逮捕時でも数百万の預金、香港の貸金庫には金の延べ棒も保管しているなどお金に困っている様子はなかったからです。「実戦ができるかできないか」の実地訓練のような意味合いがあったのでしょう。
中村泰は日記のような詩をフロッピーディスクに保存しています。実際に起きた事や考えた事を詩に変換して記すというスタイルです。刑務所時代から半世紀以上続けています。この本『警察庁長官を撃った男』のなかには中村泰の詩がたくさん出てきます。それは、机上の空論や空想から湧き出た言葉ではなく実践者としての行動記録という印象です。完全なる余談ですが、私が出版社なら『中村泰・詩集』を出版したいくらいです。
コードネーム・ハヤシ犯人説
中村泰の活動は厳密には1人だけでやっていたことではなく、経営コンサルタント齋藤雅夫など数人の協力者がいました。その筆頭が盟友であるハヤシです。ただ中村泰は最後までハヤシについて詳しいことは話していません。そんな中でもぽつぽつ出るエピソードを繋げていけば、もし仮に中村泰がチェ・ゲバラなら、ハヤシはカストロと言えるような親密な関係なことがうかがい知れます。
警察庁長官狙撃事件も2人の計画です。中村泰の供述では中村が狙撃の実行犯ですが、もしかしたらハヤシが真犯人の可能性も否定できません。なぜ自白までした中村泰が逮捕起訴されたなかったかについては、目撃情報との違いがあります。中村の身長は低く、目撃情報とは食い違いがあります。この違いは、実はハヤシが実行犯であったというなら説明できます。
ただハヤシは本当に存在するのか、今現在でも、どこの誰かもわからないままです。
まとめ
今回は、『警察庁長官を撃った男』を読んだ感想・中村泰、ハヤシについて紹介しました。
警察がオウム真理教にこだわり続け警察庁長官狙撃事件という自分たちのトップが撃たれた事件を時効にした結果は、日本警察の失態といっていいでしょう。他にも中村泰の犯罪だけを見てもどれだけ見過ごしているのか数えきれません。いくつも偽名のパスポートを使いアメリカに何度も出国していますし、名古屋の現金輸送車襲撃事件は勇敢な警備員により現行犯逮捕されましたが、前年2001年の大阪の襲撃事件は全くわかっていませんでした。また日本国内の貸金庫に拳銃・弾薬を保管することが可能なことにも驚かされます。
警察内部の公安部と刑事部の小さな争いなども含め、日本の警察は大丈夫かと心配になるほどです。ただ警察が真犯人を中村泰とハヤシのグループ・特別義勇隊の犯行だと知っていながら、オウム真理教の壊滅の為に逮捕しなかったとしたら、犯人逮捕と治安維持がイコールでない場合それはそれで国家安泰のためには必要な判断だったのかもしれません。このあたりの判断は難しいところでしょう。
なおチェ・ゲバラに憧れ、日本で孤独に革命を目指した中村泰は、2024年5月22日収監先である医療刑務所(東日本成人矯正医療センター)で94歳で老衰のため死亡しています。中村泰がやってきたことは全くもって肯定できませんが、個人的には嫌いな人物ではありません。
詳細は、『警察庁長官を撃った男』を読んでください。警察の権力争い、日本国内の闇、国内にこれほど多くの未解決事件があることに驚きます。そして中村泰とハヤシの『特別義勇隊』犯行説が濃厚なことがわかることでしょう。