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山上徹也事件とは何だったのか|なぜ旧統一教会だけが裁かれ、自民党体制は残ったのか

山上徹也事件とは何だったのか 書物私論

山上徹也とは何だったのか。

この問いは、単に「安倍晋三元総理を銃撃した犯人はどのような人物だったのか」を知るためだけのものではない。むしろ、あの事件のあと、日本社会が何を見て、何を見なかったのかを問うためのものだ。

2022年7月8日、奈良市の大和西大寺駅前で安倍晋三元総理が銃撃され、死亡した。事件後、社会の視線は旧統一教会へ向かった。高額献金、宗教二世、家庭崩壊。山上徹也の背景にあった問題は、たしかにそこにあった。

しかし、それだけだったのか。

旧統一教会は激しく批判され、解散命令請求へと進んだ。だが、その教団を長く政治の周辺に置き続けた自民党体制そのものへの批判は、十分に深まったとは言いがたい。さらに、山上が就職氷河期世代であったこと、平成日本の不安定雇用や孤立の中にいたことも、大きく語られることはなかった。

山上徹也の行為は、どのような背景があっても肯定できない。暴力によって政治家を殺すことは、社会の言葉を壊す行為である。

だが、事件が何を露出させたのかは別の問題だ。

この記事では、山上徹也という人物を、旧統一教会の被害者、氷河期世代、そして戦後反共ネットワークの残骸が交差した場所に現れた存在として読み解いていく。旧統一教会だけが裁かれ、なぜ自民党体制は残ったのか。その問いから、山上事件の奥にあった戦後日本の暗い配線をたどっていく。

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山上徹也とは何者だったのか

山上徹也は、思想家ではなかった。
アウトローでもなかった。
革命家でもなかった。
戦後右翼でもなければ、反体制の活動家でもない。

彼は、普通の社会の中で壊れた一人の男だった。

安倍晋三元総理は演説中に銃撃され、死亡した。山上徹也はその場で取り押さえられ、のちに殺人などの罪に問われた。

政治家への銃撃という点では、戦後日本にも前例がないわけではない。

1960年には浅沼稲次郎社会党委員長が赤尾敏率いる元大日本愛国党員・山口二矢に刺殺された。

1995年には中村泰が警察庁長官を銃撃した。政治的暴力は、民主主義の表面に突然現れる裂け目である。この問題は、別記事「中村泰とは何者か」でも扱っている。

しかし、山上の事件は不気味だった。思想を持つ者のテロなら、まだ思想史の中に置ける。だが山上事件は、思想ではなく、私怨が政治の中心に届いてしまった事件だった。

そして、その瞬間に、戦後日本の裏にあったものが見えてしまった。

山上事件が特殊だったのは、銃撃そのもの以上に、その背後から旧統一教会と政治の関係が噴き出したことだ。

宗教二世としての山上徹也

山上徹也は、宗教二世でもあった。

母親が旧統一教会に多額の献金を行い、家庭が壊れていったとされる。彼の怒りは、直接には旧統一教会へ向かっていた。しかし彼は、旧統一教会と関係があると見なした安倍晋三を標的にした。

ここに、この事件の歪みがある。

安倍晋三個人を殺害することは、どのような背景があっても正当化できない。暴力によって政治家を殺すことは、社会の言葉を壊す行為である。

しかし同時に、山上の事件が何を露出させたのかを見ないまま、単なる凶悪事件として閉じることもできない。

事件後、社会の目は旧統一教会へ向かった。

高額献金、霊感商法、宗教二世、家庭崩壊。これらは当然、追及されるべき問題である。山上事件がなければ、ここまで問題が表面化しなかった可能性は高い。

だが、問題はそこで止まってしまった。

氷河期世代としての山上徹也

山上徹也には、もう一つ見落とされた側面がある。

彼は宗教二世であると同時に、就職氷河期世代でもあった。

1980年生まれの山上は、社会に出る時期が、バブル崩壊後の厳しい雇用環境と重なっている。母親の献金によって家庭は崩れ、進学や生活の選択肢は狭まり、その後も安定した人生の軌道に戻ることは難しかった。

山上を「宗教二世」としてだけ見ると、問題は旧統一教会に集中する。

しかし「氷河期世代」として見ると、平成日本が放置してきた不安定雇用、孤立、自己責任論、家族崩壊の問題が浮かび上がる。

この社会からこぼれ落ちた男性たちの姿は、別記事「ひきこもりYouTuberとは何なのか」でも扱っている。そこにあるのは、単なる怠惰や奇行ではない。社会の側が受け皿を失い、個人がネットの中でしか自分の存在を証明できなくなっていく過程である。

山上徹也もまた、そうした平成以降の日本が作った孤立の延長線上にいた人物として見ることができる。

もちろん、だからといって彼の行為が許されるわけではない。むしろ、その行為が取り返しのつかないものであるからこそ、私たちは事件を「異常な個人の犯行」として片づけるのではなく、そこに至るまでの社会状況をも見なければならない。

なぜ旧統一教会だけが裁かれたのか

事件後、旧統一教会は激しく批判された。

高額献金、霊感商法、宗教二世の苦しみ、家庭崩壊。これらは当然、追及されるべき問題だった。実際、旧統一教会は社会的批判を浴び、政府による解散命令請求へと進んだ。

しかし、不思議なのはその先である。

旧統一教会は裁かれた。
だが、旧統一教会を長く政治の周辺に置き続けた側、つまり自民党体制そのものへの批判は、十分には深まらなかった。

多くの自民党議員と旧統一教会、あるいはその関連団体との接点が報じられた。選挙応援、会合への出席、祝電、関連団体との関係。だが、それは多くの場合、「個別議員の関係」「今後は関係を断つ」という処理に回収された。

本来問われるべきだったのは、なぜそのような関係が長く続いたのかである。

旧統一教会を批判することはできても、自民党体制そのものを批判するところまでは行かなかった。ここに、この事件後の社会的処理の奇妙さがある。

なぜ保守政治は、旧統一教会の組織力を必要としたのか。なぜ自民党は、宗教団体との距離を曖昧にしたまま、選挙動員や反共ネットワークの一部として利用し続けたのか。

勝共連合と戦後反共ネットワーク

ここで勝共連合の問題が出てくる。

旧統一教会と政治の関係は、単なる選挙協力ではない。冷戦期の反共運動の中で、旧統一教会は日本の保守政治や右翼人脈と接続した。

岸信介、笹川良一、児玉誉士夫、そして国際勝共連合。

この地層を見なければ、山上事件後に露出したものの意味はわからない。

この戦後反共ネットワークについては、別記事「勝共連合とは何なのか」で詳しく整理している。勝共連合は、旧統一教会だけの組織ではなかった。日本の右翼、保守政治、韓国の反共体制、アメリカの冷戦秩序が重なった政治装置だった。

つまり、旧統一教会と政治の関係は、突然始まったものではない。

冷戦期の反共という大義の中で、日本の保守政治と旧統一教会は接近した。そしてその関係は、冷戦が終わったあとも、選挙協力や人脈として残り続けた。

宗教組織は裁かれたが思想は残った

ソ連は崩壊し、世界は資本主義に覆われた。中国は共産党独裁ではあるが、経済的には巨大な国家資本主義として動いている。現代の対立は、かつてのような「資本主義vs共産主義」ではない。半導体、AI、軍事、資源、金融、サプライチェーンをめぐる、資本主義同士の覇権争いに近い。

その意味で、勝共連合が掲げた古典的な「反共」は、かつての燃料を失った。だが、勝共連合的な思想が完全に死んだわけではない。

その証拠のひとつが、1987年、勝共連合が中心となって作られた反共・スパイ防止法啓発映画『暗号名 黒猫を追え!』である。

映画『暗号名 黒猫を追え!』(Amazonプライム)

この映画は、スパイ防止法制定運動の空気の中で作られた、冷戦末期の反共・防諜思想を映した作品である。そこにあるのは、「日本は外国勢力に狙われている」「国家機密を守らなければならない」「国内に潜むスパイを取り締まる法整備が必要だ」という問題意識だった。

つまり、勝共連合的な思想は、単なる反共感情だけではなかった。それは、防諜、国家機密保護、外国勢力への警戒、スパイ防止法という具体的な政治運動にもなっていた。

「反共」という言葉は薄れたが、今でも「防諜」「国家機密保護」「外国勢力への警戒」「安全保障」という言葉は残っている。

安倍晋三の死後も残ったもの

山上事件によって、安倍晋三は殺害された。

しかし、安倍晋三の政治的系譜そのものがそこで終わったわけではない。

むしろ現在の政治を見れば、安倍晋三に近い右派保守の流れは終わっていない。高市早苗は、安倍元総理に近い保守政治家として知られる人物である。

つまり、安倍晋三の死によって、戦後保守の流れが断ち切られたわけではない。

山上徹也の事件は、何かを完全に終わらせたのではない。むしろ、終わったはずのものが、まだ残っていることを見せた事件だった。

旧統一教会は裁かれた。
だが、旧統一教会を政治の周辺に置き続けた体制は残った。

氷河期世代は社会からこぼれ落ちた。
だが、その世代を放置した政治責任は深く問われなかった。

そこに、この事件の本当の不気味さがある。

まとめ|山上徹也事件とは何だったのか

山上徹也事件とは何だったのか。

山上徹也は、単なる暗殺犯ではない。彼は旧統一教会の被害、氷河期世代の孤立、戦後反共ネットワークの残骸が一点で交差した場所に現れた人物だった。

山上事件は、旧統一教会を社会の前に引きずり出した。

しかし、それだけで終わってしまった。

本来問われるべきだったのは、旧統一教会を政治の周辺に置き続けた戦後保守体制そのものだった。だが、そこには深く踏み込まれなかった。

旧統一教会は裁かれた。
山上徹也も裁かれた。
だが、自民党体制は残った。

山上徹也は、まだ人物としては見えていない。見えているのは、家庭の崩壊、宗教への恨み、そして銃撃という結果である。だが、もし彼が今後、自分のしたことを言葉に変えるなら、この事件の意味は変わるかもしれない。

永山則夫が事件後に文学を獲得したように、山上徹也もまた、事件後に初めて人物になる可能性だけは残されている。

山上徹也という人物と事件の背景をさらに追うなら、鈴木エイト『「山上徹也」とは何者だったのか』がもっとも直接的である。旧統一教会と政界の関係を追ってきた著者による一冊で、事件を「犯人個人の異常性」だけに閉じ込めず、その背後にあった宗教、政治、家庭崩壊を考える入口になる。


また、事件全体を思想的・社会的に考えるなら、河出書房新社編『7・8元首相銃撃事件 何が終わり、何が始まったのか?』も候補になる。

山上徹也をめぐる事件を映像作品として考えるなら、足立正生監督の映画『REVOLUTION+1』(Amazonプライム)がある。山上本人のドキュメンタリーではなく、事件をモデルにした劇映画である。安倍元総理銃撃事件を、単なる凶悪事件ではなく、旧統一教会、政治、孤立した個人の問題として描こうとした作品だ。

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