40代を過ぎた頃から、本が読みにくくなった。読めなくなったわけではない。ただ、続かない。小さな文字がぼやけて、夜になると目が痛くなる。数ページ読んで、そっと本を閉じることが増えた。
それでも、本のある時間だけは手放したくなかった。
読書はただの趣味じゃなかった。頭の中を整える時間であり、どこかで自分を保つための習慣だったからだ。だから、読めなくなっていく感覚は、少し怖かった。
そんなときに出会ったのが、Audibleだった。
最初は正直、疑っていた。本は読むものだと思っていたし、「聴く読書」という言葉にも違和感があった。
けれど試しに使ってみて、すぐに気づいた。
これは別のものじゃない。読書の形が変わっただけだ。目を閉じたまま、言葉が入ってくる。声が、文章を運んでくる。
太宰治の言葉は、まるで隣で語られているようだった。
村上春樹の静かな世界は、そのまま頭の中に広がっていった。
読めなくなったはずの本が、戻ってきた。しかも前よりも自然な形で。通勤中、家事の合間、夜の静かな時間。これまで何もなかった場所に、本が入り込んでくる。
読書は生活の中に溶け込んだ。
しばらく使ってみて思ったのは、冊数が増えたことよりも、「本のある時間が戻ってきた」という感覚だった。それだけで、少しだけ日常が整う。
読めなくなったのではなかった。
ただ、これまでの読み方が合わなくなっただけだった。
もし同じように感じているなら、一度試してみてもいいと思う。
読書は、意外と簡単に戻ってくる。
形を変えて。
Audibleは無料で試せる期間もあるから、合うかどうかは自分で確かめるのが一番早い。




