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坂口安吾『堕落論』を読む|一般的な生活など存在しない

坂口安吾を読む 書物私論

坂口安吾といえば、まず『堕落論』の名が挙がる。

それは当然だ。
戦後日本の瓦礫の上に投げ込まれた「堕落」という言葉は、今なお強烈な響きを持っている。

だが、安吾を『堕落論』だけで読んでしまうと、少しもったいない。

安吾にはもう一つ、もっと読まれるべき文章がある。
それが『日本文化私観』だ。

ここで安吾は、守るべき文化とは何か、そもそも守るほどの文化は本当にあるのか、という問いを投げかけている。

そして、さらに重要なのが『デカダン文学論』である。

この文章の中で安吾は、こう書いている。

一般的な生活はあり得ない。めいめいが各自の独自なそして誠実な生活をもとめることが人生の目的でなくて、他の何物が人生の目的だらうか。

『堕落論』が人間の建前を剥がす文章だとすれば、『日本文化私観』は日本という物語の底を疑う文章である。

そして『デカダン文学論』は、そこからさらに一歩進んで、では人はどう生きるのか、という問いに触れている。

この記事では、『堕落論』『日本文化私観』、そして『デカダン文学論』に残されたこの言葉を手がかりに、坂口安吾が本当に見ていたものを考えていく。

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坂口安吾『堕落論』とは何だったのか

坂口安吾は、1906年に新潟で生まれた。

本名は坂口炳五。
大きな旧家に生まれながら、安吾はそのまま家の価値観に収まる人間ではなかった。学生時代から既存の道徳や制度になじめず、文学へ向かっていく。太平洋戦争前から作家として活動していたが、坂口安吾という名前が決定的な意味を持つのは、やはり戦後である。

『堕落論』が発表されたのは、1946年。
終戦の翌年だった。

この時代の日本は、ただ戦争に負けたというだけではなかった。それまで絶対だと思われていたものが、一気に崩れた時代だった。

国家。天皇。軍隊。家制度。道徳。忠義。自己犠牲。

戦時中には「正しい」とされていた言葉が、敗戦によって一夜にして意味を失っていく。焼け跡には、建物の瓦礫だけではなく、価値観の瓦礫も残っていた。その中で人々は生きていた。

食べ物は足りない。闇市が広がる。昨日までの正義が、今日には嘘になる。立派な言葉を語っていた人間たちも、生活のために別の顔を見せる。

そして、そうした焼け跡の都市空間には、表の制度だけでは説明できない人間たちも現れていく。闇市、縄張り、暴力、義理、顔役。戦後の混乱は、のちに「愚連隊」と呼ばれる存在を生み出す土壌にもなった。国家や制度が崩れたあと、人間はどのような秩序を自分たちで作り出すのか。
その問いは、『堕落論』が見ていた戦後の現実とも重なっている。

愚連隊とは何か|戦後の闇市から生まれたアウトローの系譜

『堕落論』は、単なる「堕ちてもいい」という文章ではない。むしろ逆だ。安吾は、戦後の人間が堕落したと言っているのではない。戦前から人間はすでに堕落していたのだ、と見ている。ただ、戦争中はそれが「忠義」や「美徳」や「国家」の言葉で覆い隠されていただけだった。敗戦によって、その覆いが剥がれた。

そのとき初めて、人間の本当の姿が見える。

敗戦直後、多くの人が「日本はどう立ち直るべきか」を語ろうとしていたなかで、安吾は、逆方向から言葉を放つ。

立ち直る前に、まず堕ちろ。きれいな言葉でごまかすな。人間の底を見ろ。その地点からしか、新しい生は始まらない。

『堕落論』は、戦後日本への慰めではない。むしろ、慰めを拒否する文章である。

だからこそ、今読んでも古びない。

『日本文化私観』とは何か|守るほどの文化は、本当にあるのか

『堕落論』が発表されたのは、1946年4月。敗戦の翌年、雑誌『新潮』に掲載された文章である。

それに対して、『日本文化私観』はもっと早い。初出は1942年2月28日発行の『現代文学』第5巻第3号。つまり、『堕落論』よりも約4年前、太平洋戦争のさなかに書かれた文章だった。

ここはかなり重要だ。

『日本文化私観』は、敗戦後に価値観が崩れたから書かれた文章ではない。
むしろ、日本がまだ「国」や「伝統」や「日本精神」を強く語っていた時代に、その内側から書かれている。

安吾はそこで、日本文化をありがたがる空気に対して、冷たい水を浴びせる。

法隆寺や平等院のような歴史的建造物を絶対視するのではなく、必要ならば取り壊して駅を作ればいい、という趣旨のことまで言う。もちろんこれは、単に文化財を破壊しろという乱暴な話ではない。安吾が疑っているのは、文化そのものではなく、文化を守っているつもりになっている人間の思考停止である。

つまり『日本文化私観』の問いはこうだ。

守るべき文化とは何か。
そもそも、守るほどの文化は本当にあるのか。

本当に生きている文化なら、形式として保存される前に、人間の生活の中にあるはずだ。逆に、権威や伝統という札を貼らなければ価値を保てないものなら、それはすでに空洞化しているのではないか。

歌詞考察で扱った「王国」も同じ構造だ。
天皇制という形だけが残り、中身が空洞化しているもの。

敗戦によって日本の価値観が崩れたのではない。
安吾の目には、崩れる前からすでに中身が空洞に見えていたのである。

『デカダン文学論』の名言|一般的な生活など存在しない

『堕落論』と『日本文化私観』を読んだあとに、もう一つ読むべき文章がある。

それが『デカダン文学論』だ。

『デカダン文学論』の初出は、1946年10月1日発行の『新潮』第四十三巻第十号。つまり、『堕落論』が発表された1946年4月から、およそ半年後に書かれた文章である。

タイトルだけを見ると、デカダン文学について論じた文章に見える。もちろん、その側面はある。だが、この文章を「文学論」としてだけ読むと、安吾の核心を取り逃がす。安吾がここで本当に書いているのは、文学の分類ではない。

人間がどう生きるのか、という話である。

『堕落論』が人間の建前を剥がす文章だとすれば、『日本文化私観』は、日本文化という建前を疑う文章だった。そして『デカダン文学論』では、そこからさらに踏み込んで、建前を剥がされた人間が、最後にどこへ戻るのかを語っている。

それが「生活」である。

安吾はこう書く。

生活は個性によるものであり、元来独自なものである。

そして、さらに続けてこう言う。

一般的な生活はあり得ない。めいめいが各自の独自なそして誠実な生活をもとめることが人生の目的でなくて、他の何物が人生の目的だらうか。

この言葉こそ、この記事で一番伝えたい坂口安吾の言葉である。

安吾はここで、文学の技法を語っているのではない。人間の生き方を語っている。

誰かに合わせること。
世間の評価を気にすること。
普通の人生を探すこと。
他人から見て正しそうな生活に、自分を押し込めること。

そうしたものを、安吾は一言で斬っている。

一般的な生活はあり得ない。

人はそもそも、一般的になど生きられない。
一人ひとり、気質も、痛みも、欲望も、孤独も違う。

それなのに「普通の人生」や「正しい人生」に自分を合わせようとするから、苦しくなる。

この苦しさを、別の角度から描いたのが太宰治だった。太宰は『人間失格』で、社会の中で「普通の人間」としてふるまえない人間の内側を描いた。他人に合わせようとする。笑う。道化を演じる。それでも最後まで、自分が人間の側に立てているという実感を持てない。

太宰治『人間失格』とは何だったのか

安吾が「一般的な生活はあり得ない」と言い切ったのに対して、太宰は「一般的な生活」に入れない人間の痛みを、小説として描いた。つまり二人は、同じ場所を見ている。ただし、立っている角度が違う。安吾は、普通という建前そのものを疑った。太宰は、その普通に合わせられない人間の崩壊を書いた。

だからこの言葉は、私の記憶の中でこう変換されていた。

人生の目的は、自分の個性に従って、自分独自の人生を歩むこと。

これは安吾の原文そのものではない。だが、『デカダン文学論』の言葉を今の私たちの生活に引き寄せるなら、そう読める。

安吾が言っているのは、「好き勝手に生きればいい」という軽い話ではない。

むしろ、もっと厳しい。

自分の生活を他人に預けるな。
世間の物差しに人生を明け渡すな。
自分にとって誠実な生活を探せ。

それは自由であると同時に、孤独でもある。

誰も代わりに生きてくれない。
誰も人生の正解を保証してくれない。

だからこそ、自分独自の生活を求めることが、人生の目的になる。

『堕落論』『日本文化私観』『デカダン文学論』は、どう読むべきか

『堕落論』『日本文化私観』『デカダン文学論』は、現在では同じ文庫に収められて読むことができる。

たとえば岩波文庫の『堕落論・日本文化私観 他二十二篇』には、この三つの文章が収録されている。

これは、ただ有名な評論をまとめた一冊というだけではない。
この三編を続けて読むことで、坂口安吾という作家が何を見ていたのかが、かなりはっきりする。

『堕落論』は、戦後の文章である。

敗戦によって、国家も、道徳も、軍国的な美徳も崩れた。
そのとき安吾は、人間は堕ちるしかない、しかし堕ちることで初めて本当の人間に戻るのだと書いた。

『日本文化私観』は、それよりも前に書かれた戦時中の文章である。

まだ日本が「伝統」や「日本精神」を強く語っていた時代に、安吾はその文化の中身を疑った。
守るべき文化とは何か。
本当に守るほどのものがあるのか。

そして『デカダン文学論』では、さらに個人の生活へ踏み込む。

一般的な生活など存在しない。
めいめいが各自の独自な、そして誠実な生活を求めることが人生の目的ではないのか。

この三つは、別々のテーマに見える。

一方は「堕落」。
もう一方は「日本文化」。
そしてもう一つは「デカダン文学」。

しかし、奥にある問いは同じである。

人間は、何を本物だと信じて生きているのか。

『日本文化私観』では、安吾は「文化」という建前を疑う。
『堕落論』では、「道徳」や「正しさ」という建前を疑う。
『デカダン文学論』では、「一般的な生活」という建前を疑う。

つまり、こう読める。

『日本文化私観』で、日本という物語の空洞を見抜く。
『堕落論』で、その空洞が敗戦によって露出したあとの人間を見る。
『デカダン文学論』で、最後に「個としての生活」へたどり着く。

この順番で読むと、坂口安吾は単なる反道徳の作家ではなくなる。

安吾は、建前を壊したあとに、それでも人間はどう生きるのかを見ていた。

その答えが、

一般的な生活はあり得ない。

という言葉だった。

これは、過去の人間論ではない。

誰も本当のことを言わず、誰も責任を取らず、曖昧な言葉で物事がぼかされていく時代にこそ、安吾の言葉は刺さる。

なぜなら安吾は、最後までごまかさないからだ。

文化も疑う。
道徳も疑う。
一般的な生活も疑う。

そのうえで、なお人間が生きる場所として、「自分にとって独自で誠実な生活」を残した。

ここまで読んで初めて、坂口安吾の言葉は、ただの戦後文学ではなくなる。

それは、生き惑う現代日本人に向けられた、今もまだ開封され続けている手紙のようなものだ。

まとめ|坂口安吾は、今も本当のことを言っている

坂口安吾は、『堕落論』だけの作家ではない。

もちろん、『堕落論』の言葉は強い。
戦後の焼け跡に向かって、人間は堕ちることで本当の姿に戻るのだと書いた安吾の言葉は、今読んでも古びていない。

だが、『日本文化私観』と『デカダン文学論』まで読むと、安吾の見え方は大きく変わる。

安吾は、ただ道徳を壊したかったのではない。
文化、正しさ、世間、一般的な生き方。
そうしたものの奥に、本当に人間が生きる場所はあるのかを問い続けた作家だった。

そして最後に残るのが、この言葉である。

一般的な生活はあり得ない。

この一文は、現代の私たちにもそのまま刺さる。

「一般的な生活」は、本当はどこにも存在しない。

人はそれぞれ、自分にとって独自で、誠実な生活を求めるしかない。

だからこそ、坂口安吾は今も読む意味がある。

安吾の文章はごまかさない。
きれいな慰めも言わない。
そのかわり、読者に向かって静かに突きつけてくる。

お前は本当に、自分の人生を生きているのか。

それは、今も生き惑う私たちに向けられた、開封され続ける手紙である。

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この鋭さは、文学でありながら、どこかパンクにも近い。

同じように、きれいごとではなく本音をそのまま鳴らしたバンドとして、ストラマーズがいる。

また、同時代に別の角度から「生きづらさ」を文学にした作家として、太宰治も外せない。安吾が「一般的な生活はあり得ない」と言い切ったのに対して、太宰は、一般的な生活にどうしても入れない人間の揺れを、物語の中に刻み込んだ作家だった。

たとえば『フォスフォレッセンス』を読むと、太宰治的な自己演出、メタフィクション、そして「本当の自分」と「語られる自分」のズレが浮かび上がる。

安吾が建前を壊して「独自な生活」へ向かった作家だとすれば、太宰はその建前の中で揺れ続ける「私」を描いた作家だった。

坂口安吾を読んだあとに太宰的な作品へ進むと、同じ時代の「生きづらさ」が、別の角度から見えてくる。

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