1990年、三上博史が詩人・中原中也を演じたテレビドラマがあった。
タイトルは『ロマンの果てII 汚れっちまった悲しみに』。
私はこのドラマを中学生の頃リアルタイムで見た。
ただし、30年以上も前のことである。
物語の細かな展開も、登場人物の会話も、ほとんど覚えていない。
それでも一つだけ、奇妙なほど鮮明に残っている場面がある。
私がこのドラマで最も強く覚えているのは、物語の途中の場面ではない。
ドラマの冒頭、中原中也が屋根の上にいる場面である。
幼い息子・文也を失い、精神的に崩れていく中也を、三上博史が異様な迫力で演じていた。
その後にどんな場面が続いたのか、細かな筋書きはほとんど覚えていない。
しかし、この最初の映像だけは30年以上たった今も残っていた。
そして私が中原中也という詩人を知ったのも、このドラマだった。
1990年に放送された『汚れっちまった悲しみに』
『ロマンの果てII 汚れっちまった悲しみに』は、1990年6月15日にフジテレビ系「男と女のミステリー」で放送された単発ドラマである。
主演は三上博史。
中原中也を演じた。
脚本は中島丈博、演出は深町幸男。
出演者には樋口可南子、古尾谷雅人、樹木希林らが名を連ねている。
当時の三上博史といえば、『君が嘘をついた』『世界で一番君が好き!』などで人気を集めていた時期である。
いわゆるトレンディドラマを代表する俳優の一人だった三上博史が、昭和初期を生きた破滅的な詩人・中原中也を演じた。
今から見ると、かなり異質な配役にも思える。
しかし、その異質さこそがこの作品には合っていたのかもしれない。
中也と親友、そして一人の女性
ドラマは中原中也の詩だけを紹介するような伝記番組ではない。
中也と新進作家・佐古瑛介との友情、そして中也の恋人・須奈子をめぐる関係が大きな軸になっていたことが分かる。
佐古は中也の奔放さに振り回されながらも彼にひかれ、二人は友情を深めていく。
やがて佐古が中也の恋人だった須奈子と関係を持つ。
それでも友情は続くが、さらに関係が変化したことで、二人は決裂していく。
この構図から想起されるのが、実際の中也を語るうえで避けて通れない小林秀雄と長谷川泰子である。
中也は長谷川泰子と同棲していたが、のちに泰子は小林秀雄のもとへ去った。
恋人を奪った男と、それでも交流が続いていく。
中原中也の人生を知れば知るほど、不思議な人間関係である。
ただ、この三人の関係についてはドラマだけで理解したつもりになるべきではないだろう。
実際の中也、小林秀雄、長谷川泰子の関係については、中原中也自身の生涯を追う別の記事で改めて考えてみたい。
関連記事:中原中也とは何者だったのか|たった一冊の詩集を残して30歳で死んだ詩人
長男・文也の死が中原中也を変えた
私の記憶に残っている屋根の上で狂うシーンは、中也の長男・文也が死んだ後である。
実際の中原中也にも、ここには明確な転機がある。
1934年10月、中也に長男・文也が生まれた。
しかし1936年11月、文也はわずか2歳で亡くなる。
その翌月には中也の神経衰弱が悪化し、1937年1月には千葉市の中村古峡療養所へ入院した。
それまでにも中也の人生には、失恋、孤独、酒、友人との葛藤があった。
しかし、幼い息子の死は、それまでとは種類の違う喪失だったのだろう。
そして私の記憶の中では、その喪失が「屋根の上の三上博史」という異様な映像になって残っている。
屋根の上の三上博史だけが残っている
2時間近いドラマだったはずなのに、30年以上たっても一場面だけが残っている。
息子を失った中也が精神的に壊れていき、三上博史が屋根の上で狂気をあらわにする姿である。
それだけだ。
だが、逆に考えると不思議でもある。
物語も台詞も消えていく。
最後には、一枚の映像だけが残ることがある。
私にとって『汚れっちまった悲しみに』は、そういう作品になった。
だが、昔見た作品の記憶は、ときに実際の内容とは少し違った形で残ることがある。
私自身、『ぼくらの七日間戦争』では、パッケージなどの印象から宮沢りえが物語の中心人物だと思い込んでいたが、久しぶりに見直すと記憶とはかなり違っていた。
人間は作品を丸ごと記憶しているわけではない。
関連記事:昔見た映画『ぼくらの七日間戦争』はなぜ記憶と違うのか?|宮沢りえ主役錯覚の正体
当時はギャラクシー賞でも評価されていた
このドラマは、単に昔放送されて消えていった作品でもない。
1990年度の第28回ギャラクシー賞では、テレビ部門の奨励賞作品として『男と女のミステリー 特別企画「ロマンの果てII・汚れっちまった悲しみに」』が記録されている。
つまり放送当時、作品として一定の評価を受けていたのである。
それにもかかわらず、現在は簡単に見ることができない。
少なくとも2026年9月現在、一般的な動画配信サービスで本作を視聴できる公式配信は確認できない。
DVDやBlu-rayとして一般販売されている形跡も見当たらない。
一方で、作品そのものが完全に消滅したわけではない。
映像はどこかに存在している。
インターネット以前の映画やテレビドラマには、こうした作品が少なくない。
放送された。レンタルDVDで多くの人が見た。評価もされた。
それでも時代が変わると、作品そのものを見ることが難しくなる。
三上博史主演の作品では、2004年公開の映画『予言』も、現在は気軽に配信で見られる作品とは言いにくい。
かつて見た作品が、時間とともに「もう一度見たいのに、簡単には見られない作品」になっていくことがある。
関連記事:三上博史主演『予言』とは?|恐怖新聞を原作に、運命と家族の喪失を描いた映画
まとめ|私はこのドラマで中原中也を知った
私は中原中也を先に知っていて、このドラマを見たわけではない。
順番は逆だった。
三上博史が演じた中原中也を見て、初めて中原中也という詩人を知った。
ドラマの細かな筋書きは、もうほとんど覚えていない。
それでも、幼い息子を失い、屋根の上で正気を失っていく三上博史の姿だけは残った。
そしてドラマを見たあと、私は実際に中原中也の詩を読むようになった。
テレビドラマ一本が、一人の詩人への入口になったのである。
考えてみれば、作品との出会いとはそんなものなのかもしれない。
文学史から入る必要はない。教科書から入る必要もない。一本のテレビドラマでも、一人の俳優でもいい。
そこで何かが引っかかれば、その向こう側に本物の作品が待っている。
実際、そのあと知ったことだが、屋根の場面がまったくの創作とは言い切れなかった。
文也の死後、中也が「屋根に白い蛇がいる」と訴えたという回想が残されている。
その後、中也は精神状態を崩し、療養所へ入院した。
ドラマは、こうした実際の中也の晩年の姿を映像として強く再構成していたのだ。
では、ドラマの向こう側にいた中原中也とは、実際にはどのような人物だったのか。
30年という短い生涯で何を経験し、なぜこれほど長く読み継がれる詩を残したのか。
それについては、次の記事で改めて中原中也の生涯と作品をたどってみたい。
三上博史の出演作をもう一本たどるなら、2004年公開の映画『予言』も印象深い。
こちらでは、未来の死を知らせる「恐怖新聞」をめぐって、家族の喪失と運命から逃れられない人間を演じている。
中原中也とはまったく異なる役だが、追い詰められていく人物を演じる三上博史の存在感という点では、どこか通じるものがある。




