東アジア反日武装戦線のメンバー一覧|「狼」「大地の牙」「さそり」とは何だったのか

東アジア反日武装戦線メンバー一覧 書物私論
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東アジア反日武装戦線は、1970年代に連続企業爆破事件を起こした新左翼系の武装グループである。

三菱重工ビル爆破事件の印象があまりにも強いため、東アジア反日武装戦線という名前だけが一人歩きしているが、実際には、ひとつの中央集権的な組織というより、「狼」「大地の牙」「さそり」という小集団がゆるやかにつながった存在だった。

この記事では、東アジア反日武装戦線のメンバーを、「狼」「大地の牙」「さそり」の三つに分けて整理する。

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東アジア反日武装戦線とは

東アジア反日武装戦線は、1974年から1975年にかけて、企業を標的とした爆破事件を起こしたグループである。

代表的な事件が、1974年8月30日の三菱重工ビル爆破事件である。この事件では死者8人、多数の負傷者を出し、戦後日本の過激派事件の中でも特に大きな被害を生んだ。

彼らの思想の中心にあったのは、日本の植民地支配や戦争責任、企業の海外進出への批判だった。しかし、その批判は爆弾闘争という形をとり、無関係の市民を巻き込む重大事件となった。

東アジア反日武装戦線は、赤軍派日本赤軍連合赤軍とは別系統の存在である。

ただし、のちに日本赤軍のハイジャック事件で一部メンバーが超法規的措置によって釈放されるなど、新左翼武装闘争史の中では接点も持つことになる。

関連記事:東アジア反日武装戦線とは何だったのか

東アジア反日武装戦線の三つのグループ

東アジア反日武装戦線は、主に次の三つのグループに分かれていた。

グループ名主なメンバー特徴
大道寺将司、大道寺あや子、佐々木規夫、片岡利明中心的グループ。三菱重工ビル爆破事件に関与
大地の牙齋藤和、浴田由紀子「狼」と連携した別働グループ
さそり黒川芳正、宇賀神寿一、桐島聡桐島聡が所属していたグループ

1975年5月19日に「狼」「大地の牙」「さそり」のメンバーが一斉逮捕された。さらに一連の企業爆破事件だけでなく、1971年以降の未解決爆破事件も同メンバーらによるものとされた。

「狼」グループのメンバー

大道寺将司

大道寺将司は、東アジア反日武装戦線「狼」の中心人物である。

三菱重工ビル爆破事件などに関与したとして逮捕され、のちに死刑が確定した。2017年、東京拘置所で死去している。

東アジア反日武装戦線を語るうえで、大道寺将司は避けて通れない人物である。
思想的にも、実行面でも、東アジア反日武装戦線の中核にいた人物だった。

大道寺あや子

大道寺あや子は、大道寺将司の妻であり、「狼」グループのメンバーである。

逮捕後、日本赤軍によるハイジャック事件の際に超法規的措置で釈放され、国外へ出た。
その後は国際手配の対象となっている。

東アジア反日武装戦線の女性メンバーとしては、浴田由紀子とともに名前が挙がる人物である。

新左翼事件では、女性メンバーが単なる補助役ではなく、思想や実行の中に深く入り込んでいた例が少なくない。
日本赤軍の重信房子、連合赤軍の永田洋子、そして東アジア反日武装戦線の大道寺あや子や浴田由紀子も、その文脈で見ることができる。

佐々木規夫

佐々木規夫も「狼」グループのメンバーである。

逮捕後、日本赤軍の事件に関連する超法規的措置で釈放され、国外へ出た。その後、警視庁は、佐々木規夫を日本赤軍関係の国際手配者として掲載している。警視庁の説明では、佐々木は日本赤軍メンバーらとともにダッカ事件に関与した人物として扱われている。

ここに、東アジア反日武装戦線と日本赤軍の奇妙な接点がある。

もともと東アジア反日武装戦線は、日本赤軍そのものではない。
しかし、日本赤軍がハイジャック事件で政治犯釈放を要求したことによって、東アジア反日武装戦線の一部メンバーは国外へ出ることになった。

つまり、思想的にも組織的にも別系統でありながら、1970年代の武装闘争という地下水脈の中で、両者はつながってしまったのである。

片岡利明

片岡利明は、「狼」グループのメンバーである。

東アジア反日武装戦線の中では、大道寺将司や佐々木規夫ほど一般的な知名度は高くない。
しかし、「狼」の一員として連続企業爆破事件に関与した重要人物である。

東アジア反日武装戦線のメンバーを見ていくと、多くは現在の一般読者にはほとんど知られていない。
それは、事件の名前だけが残り、人物の輪郭が消えていったからである。

三菱重工ビル爆破事件は記憶されている。
桐島聡も、2024年に突然名前が再浮上したことで知られるようになった。
しかし、それ以外のメンバーは、戦後史の暗がりに沈んだままだ。

この「知られていなさ」こそ、東アジア反日武装戦線という組織の不気味さでもある。

「大地の牙」グループのメンバー

齋藤和

齋藤和は、「大地の牙」の中心人物である。

1975年5月19日の一斉逮捕の直後、服毒自殺した。

齋藤和の存在は、東アジア反日武装戦線の中でもやや見えにくい。
逮捕直後に死亡したため、その後の裁判、獄中、国外逃亡という物語の中に登場しにくいからである。

しかし、「大地の牙」というグループを考えるうえでは、中心に置かなければならない人物である。

東アジア反日武装戦線の特徴は、単に「爆破事件を起こした過激派」というだけではない。
それぞれの小集団が、自分たちの思想的根拠を持ちながら、企業爆破という一点で連動していったところにある。

浴田由紀子

浴田由紀子は、「大地の牙」のメンバーである。

逮捕後、日本赤軍の事件に関連する超法規的措置で釈放され、国外へ出た。
大道寺あや子と同じく、東アジア反日武装戦線の女性メンバーとして知られる。

浴田由紀子の存在もまた、東アジア反日武装戦線が単なる男性活動家の集団ではなかったことを示している。

1970年代の新左翼運動では、女性活動家も多く参加した。
しかし、その中で女性がどのような位置に置かれ、どのように事件に関わったのかは、組織によって大きく異なる。

連合赤軍では、永田洋子が山岳ベース事件の中心人物の一人となった。
日本赤軍では、重信房子が国際部隊の象徴となった。
東アジア反日武装戦線では、大道寺あや子と浴田由紀子が、事件とその後の国外逃亡の中で名前を残した。

「さそり」グループのメンバー

黒川芳正

黒川芳正は、「さそり」グループの中心人物である。

「さそり」といえば、現在では桐島聡の名前が先に出る。
しかし、グループとして見るなら、黒川芳正を中心人物として押さえる必要がある。

黒川は1975年の一斉逮捕で逮捕された。
その一方で、同じ「さそり」の宇賀神寿一と桐島聡は逃亡した。

この分岐によって、「さそり」の記憶は二つに割れる。
ひとつは、逮捕され裁かれたメンバーの歴史。
もうひとつは、長い逃亡の歴史である。

宇賀神寿一

宇賀神寿一は、「さそり」グループのメンバーである。

1975年の一斉逮捕を逃れ、桐島聡とともに指名手配された。
その後、1982年に逮捕されている。

宇賀神は、桐島聡の逃亡史を考えるうえでも重要な人物である。
桐島聡だけが突然、半世紀後に現れたように見えるが、その背後には、同じ「さそり」に属した仲間たちの逃亡と逮捕の歴史があった。

桐島聡が長く逃げ続けたことで、「さそり」は東アジア反日武装戦線の中でも特異な記憶を残すことになった。

桐島聡

桐島聡は、「さそり」グループのメンバーである。

1975年の一斉逮捕を逃れ、長く指名手配されていた。
その名前が再び大きく報じられたのは、2024年1月である。神奈川県内の病院に入院していた男が、自分は桐島聡だと名乗り出た。その後、本人確認が進められる中で死亡した。

桐島聡の半世紀近い逃亡は、東アジア反日武装戦線という名前を、現代にもう一度浮上させた。

それまで多くの人にとって、東アジア反日武装戦線は歴史の教科書にも詳しく載らない、遠い過激派事件だった。
しかし桐島聡の出現によって、1970年代の爆破事件が、突然「まだ終わっていなかった事件」として現れた。

事件は過去のものでも、逃亡者が生きている限り、過去は閉じない。
桐島聡の最期は、そのことを強烈に示した。

関連記事:桐島聡とは何者だったのか

なぜ東アジア反日武装戦線のメンバーは知られていないのか

東アジア反日武装戦線のメンバーは、日本赤軍や連合赤軍のメンバーに比べると、一般的な知名度が低い。

理由はいくつかある。

第一に、東アジア反日武装戦線は、赤軍派のような大きな組織史を持たなかった。
日本赤軍には重信房子、岡本公三、テルアビブ空港事件、ダッカ事件という国際的な記憶がある。
連合赤軍には永田洋子、森恒夫、山岳ベース事件、あさま山荘事件という強烈な物語がある。

それに対して、東アジア反日武装戦線は、事件の被害は甚大でありながら、組織の全体像が見えにくい。

第二に、彼らはメディア映えする「カリスマ」を持ちにくかった。
重信房子のような国際革命家のイメージも、永田洋子のような異様な指導者像もない。
会社員や学生のような日常の顔を持つ若者たちが、地下で爆弾を作り、企業を標的にした。

そこにあるのは、劇的な英雄譚ではなく、日常と暴力が地続きになってしまう薄気味悪さである。

第三に、思想がわかりにくい。
東アジア反日武装戦線は、単純な労働運動でも、学生運動でも、赤軍派の世界革命論でもない。
日本人としての加害責任、植民地主義批判、反企業、反帝国主義が混ざり合い、そこから爆弾闘争へ向かった。

その思想は複雑である。
しかし、結果はあまりにも単純で残酷だった。

爆弾が爆発し、人が死んだ。

日本赤軍・連合赤軍との違い

東アジア反日武装戦線は、日本赤軍や連合赤軍と混同されることがある。

しかし、三者は別物である。

組織主な特徴
日本赤軍重信房子らが海外で活動。パレスチナ闘争と結びついた
連合赤軍赤軍派と革命左派が合流。山岳ベース事件、あさま山荘事件を起こした
東アジア反日武装戦線「狼」「大地の牙」「さそり」が企業爆破事件を起こした

日本赤軍は国外へ出た。
連合赤軍は山中で自壊した。
東アジア反日武装戦線は都市の中で爆弾を仕掛けた。

この違いを押さえると、1970年代の新左翼武装闘争が、ひとつの形ではなかったことがわかる。

関連記事:日本赤軍とは何だったのか
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まとめ|事件名の奥にいた、名前の消えたメンバーたち

東アジア反日武装戦線は、三菱重工ビル爆破事件の名前とともに記憶されている。

しかし、その内部には「狼」「大地の牙」「さそり」という三つのグループがあり、それぞれにメンバーがいた。

「狼」には、大道寺将司、大道寺あや子、佐々木規夫、片岡利明。
「大地の牙」には、齋藤和、浴田由紀子。
「さそり」には、黒川芳正、宇賀神寿一、桐島聡。

彼らの多くは、現在ではほとんど名前を知られていない。
だが、名前が知られていないからといって、事件が小さかったわけではない。

むしろ逆である。

東アジア反日武装戦線は、戦後日本の都市の中に、思想と爆弾が同時に埋め込まれていたことを示す事件だった。

日本赤軍や連合赤軍ほど物語化されず、メディアでも繰り返し語られない。
それでも、東アジア反日武装戦線のメンバーを整理すると、1970年代の新左翼武装闘争がいかに多方向へ枝分かれしていたかが見えてくる。

新左翼運動と組織の全体像については、こちらの記事で詳しく整理している。

東アジア反日武装戦線を見ることは、思想が暴力に変わる瞬間を見ることでもある。
その瞬間を、歴史の片隅に置いたままにしてはいけない。

東アジア反日武装戦線についてさらに知りたい場合は、高祐二の『「狼」と「さそり」そして「大地の牙」:東アジア反日武装戦線が投げかけたもの』が参考になる。

三菱重工ビル爆破事件だけでなく、「狼」「さそり」「大地の牙」という小グループの構造や、東アジア反日武装戦線が戦後日本に何を突きつけたのかを考えるうえで、重要な一冊である。

事件名だけでは見えにくい思想と人物の輪郭を追うなら、あわせて読んでおきたい。

「狼」と「さそり」そして「大地の牙」:東アジア反日武装戦線が投げかけたもの

東アジア反日武装戦線の思想と起こした事件については、こちらの記事で詳しく整理している。

生涯、逃亡生活を続けた桐島聡については、こちらの記事で詳しく整理している。

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