連合赤軍という名前を聞くと、多くの人がまず思い浮かべるのは、あさま山荘事件だろう。
雪に囲まれた山荘。
鉄球で壁を壊す機動隊。
テレビ中継を見守る日本中の人々。
あさま山荘事件は、連合赤軍の名前を社会に強く刻みつけた事件だった。
しかし、連合赤軍を「あさま山荘に立てこもった5人組」とだけ考えると、その実像は見えにくくなる。
この5人だけが連合赤軍の全メンバーだったわけではない。
あさま山荘に立てこもった5人は、組織が崩壊していく中で最後に残った逃走組だ。
連合赤軍とは、1970年代初めに生まれた新左翼の武装組織である。
連合赤軍は、赤軍派と革命左派(正式には日本共産党革命左派神奈川県委員会)が合流して生まれた組織である。※革命左派は、京浜安保共闘とも呼ばれた。
この記事では、連合赤軍とは何だったのかを、あさま山荘事件だけではなく、その前後の流れから整理していく。
連合赤軍とは何か
連合赤軍とは、1971年に赤軍派と革命左派が合流して生まれた新左翼の武装組織である。
赤軍派は、世界革命や武装闘争を掲げたグループだった。
一方の革命左派は、国内での武装闘争を重視していたグループである。
連合赤軍の委員長は、赤軍派の森恒夫。
副委員長は、革命左派の永田洋子。
名前だけを見ると、かなり大きな組織のように感じるかもしれない。
しかし実際には、連合赤軍は大衆的な運動組織ではない。
連合赤軍はきわめて短命な組織だった。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1971年 | 赤軍派と革命左派が合流し、連合赤軍を結成 |
| 1971年末〜1972年2月 | 山岳ベース事件。内部で12人が死亡 |
| 1972年2月 | あさま山荘事件。残ったメンバー5人が逮捕され、組織は事実上崩壊 |
警察の追及を逃れた赤軍派と革命左派が、山中に設けた非合法の軍事アジト・山岳ベースに潜伏し、軍事訓練を行い、赤軍派と革命左派をひとつの組織へまとめようとした。
山岳ベースには、赤軍派9人、革命左派19人を中心に、最終的には29人のメンバーが集まった。
しかし、1971年末から1972年初めにかけて山岳ベース事件で内部崩壊し、1972年2月のあさま山荘事件で主要メンバーが逮捕されたことで、組織としては事実上崩壊した。
赤軍派と革命左派は何が違ったのか
連合赤軍を理解するには、合流した二つの組織を見る必要がある。
一つは赤軍派である。
赤軍派は、世界同時革命や武装蜂起を掲げた新左翼の一派だった。大きな思想としては、世界規模の革命を構想し、そのために武装闘争を必要だと考えていた。
赤軍派は、大菩薩峠事件、塩見孝也の逮捕、よど号ハイジャックによる田宮高麿らの出国によって、初期指導部が崩壊した。
国内に残された赤軍派をまとめる人物が必要になり、その空白を埋めたのが森恒夫だった。
もう一つは革命左派である。正式名称は、日本共産党革命左派神奈川県委員会。
こちらは、より国内での武装闘争や銃器の獲得に向かっていた。
両者は同じ新左翼の流れにありながら、完全に同じ組織だったわけではない。
だが、どちらも既存の政治運動では社会は変わらないと考え、武装化へ進んでいった。
その二つの流れが合流したことで、連合赤軍は生まれた。
しかし、その合流は強い組織を生んだというより、内部に緊張を抱えたままの危うい結合だった。
思想も経験も組織文化も違う集団が、一つになろうとしたことで、悲劇が起きた。
新左翼の全体像についてはこちらの記事で詳しく整理している。
関連記事:新左翼とは何だったのか
連合赤軍はなぜ武装化したのか
連合赤軍が生まれた背景には、1960年代後半から1970年代初めにかけての新左翼運動の流れがある。
当時、日本では学生運動や反安保闘争が広がっていた。大学闘争、街頭デモ、機動隊との衝突などが繰り返され、多くの若者が政治運動に身を投じた。
しかし、運動は次第に行き詰まっていく。
大衆運動としての広がりを失い、組織同士の対立も激しくなった。その中で、一部のグループは「もっと強い闘争が必要だ」と考えるようになる。
そこで出てきたのが、武装闘争という発想だった。
連合赤軍のメンバーたちは、自分たちを革命の前衛だと考えていた。
社会を変えるためには、合法的な運動やデモだけでは足りない。銃を持ち、訓練し、国家権力と戦う必要がある。そうした考え方に傾いていった。
ただし、実際には彼らの武装闘争は社会を変える方向には進まなかった。
外へ向かうはずだった暴力は、やがて内側へ向かっていく。
山岳ベースで起きた内部崩壊
連合赤軍を理解するうえで避けて通れないのが、山岳ベース事件である。
連合赤軍は、山梨、神奈川、静岡、群馬などの山岳アジトを移動しながら、軍事訓練や組織づくりを進めていた。
しかし、その山中で始まったのは、革命の準備というより、内部への過酷な締めつけだった。
キーワードになったのが「総括」である。
本来、総括とは自分の行動や考えを振り返る意味の言葉である。しかし連合赤軍の中では、それが仲間を追いつめる言葉になっていった。
「革命戦士として不十分だ」
「考え方が甘い」
「組織に従っていない」
そうした理由でメンバーが批判され、暴力を受け、最終的に12人が死亡した。
これは外部に向けられたテロではない。
仲間同士の中で起きた内部リンチ事件だった。
連合赤軍の恐ろしさは、国家と戦う前に、まず自分たちの組織の中で人を殺してしまったところにある。
社会を変えるはずの思想が、閉じた山中で仲間を裁く論理に変わっていった。
革命のための組織は、革命を起こす前に、自分自身を壊していったのである。
あさま山荘事件は連合赤軍の「結末」だった
山岳ベース事件の後、警察の捜査は連合赤軍に迫っていった。
メンバーは山中を逃げ、幹部や仲間が次々と逮捕されていく。
その流れの中で、最後に残った5人が長野県軽井沢町のあさま山荘に立てこもった。
これが1972年2月のあさま山荘事件である。
あさま山荘事件は、テレビ中継されたこともあり、日本中に強烈な印象を残した。
しかし、事件の性格を考えると、これは連合赤軍が計画的に社会へ攻撃を仕掛けた事件というより、逃げ場を失った末の立てこもり事件だった。
もちろん、人質を取り、銃を持って抵抗した重大事件であることに変わりはない。
ただ、連合赤軍の流れとして見るなら、あさま山荘事件は「活動の頂点」ではなく、「崩壊の出口」だった。
山岳ベースで組織はすでに内側から壊れていた。その壊れた組織の最後の破片が、あさま山荘で社会の前に現れたのである。
山岳ベース事件からあさま山荘事件までの詳しい流れについては、別記事で整理する。
日本赤軍とは別の流れ
連合赤軍を考えるときに、混同されやすいのが日本赤軍である。
名前は似ているが、連合赤軍と日本赤軍は同じ組織ではない。
連合赤軍は、赤軍派と革命左派が国内で合流して生まれた組織である。そして山岳ベース事件とあさま山荘事件を経て、国内で崩壊していった。
一方、日本赤軍は、赤軍派だった重信房子らを中心に国外へ展開した組織である。パレスチナとの関係を持ち、国際的な武装闘争へ向かった。
ともに、赤軍派からの流れはあるが、別物である。
日本赤軍→赤軍派から、国外へ出て、国際テロ組織として活動。→日本赤軍。
連合赤軍→国内に残った赤軍派の残党が革命左派と手を組み、山中に入り、自壊。
この違いを押さえると、新左翼の中の赤軍系の流れがかなり見えやすくなる。
日本赤軍についてはこちらの記事で詳しく整理している。
関連記事:日本赤軍とは何だったのか
連合赤軍が残したもの
連合赤軍は、非常に短い期間で崩壊した組織だった。
しかし、その衝撃は大きなものだった。
山岳ベース事件では、仲間同士の暴力によって12人が死亡した。あさま山荘事件では、人質を取った立てこもりがテレビ中継され、日本中がその様子を見つめた。
この二つの事件によって、新左翼運動に対する社会の見方は決定的に変わった。
それまで学生運動や反体制運動に一定の共感を持っていた人々の中にも、連合赤軍事件をきっかけに距離を置く人が増えていった。
「革命」という言葉の下で、なぜ仲間を殺すことになったのか。
「社会を変える」と言いながら、なぜ閉じた山中で暴力が暴走したのか。
連合赤軍事件は、単なる過激派事件ではない。
理想を掲げた組織が、外の社会と切り離され、内部で異常な論理を強めていくと何が起きるのかを示した事件でもある。
まとめ|連合赤軍とは何だったのか
連合赤軍とは、赤軍派と京浜安保共闘が合流して生まれた新左翼の武装組織である。
しかし、それは大きな革命組織ではなかった。
実態は、およそ30人規模の少数の活動家集団だった。
彼らは武装闘争を掲げ、山中で訓練を行い、やがて内部の「総括」によって仲間を死なせていった。
そして最後に、逃げ場を失った一部のメンバーが、あさま山荘事件へ至った。
連合赤軍を「あさま山荘事件の犯人グループ」とだけ見ると、事件の順番を見誤る。
連合赤軍の本体は、その前の山岳ベースにあった。
そこで起きた内部崩壊こそ、連合赤軍という組織の実像を示している。
連合赤軍事件をさらに深く知るなら、深笛義也『2022年の連合赤軍 50年後に語られた「それぞれの真実」』がある。
連合赤軍事件から50年後に、元メンバーや関係者の証言を集めた一冊である。山岳ベース事件を単なる「狂気の事件」として片づけるのではなく、当事者たちがその後をどう生き、何を語ったのかを知ることができる。
あさま山荘事件で逮捕された加藤倫教、山岳ベース事件に関わった植垣康博、さらに連合赤軍を題材にした漫画『レッド』の作者・山本直樹へのインタビューも収録されており、事件を50年後の地点から見直す手がかりになる。
山岳ベース事件からあさま山荘事件までの詳しい流れについては、別記事で整理している。
新左翼とは何かについては、こちらの記事で整理している。
日本赤軍については、こちらの記事で時系列からまとめている。





