中核派をご存じだろうか。
正式名称は、革命的共産主義者同盟全国委員会である。
1960年代から70年代の学生運動や労働運動を知る世代なら、その名前にどこか懐かしさと物騒さが混じるかもしれない。逆に若い世代にとっては、「学生運動の残党?」「まだあったの?」という感覚に近いだろう。
警察庁は現在も中核派を極左暴力集団の一つとして位置づけている。過去にはテロ・ゲリラ事件や内ゲバ事件との関係を指摘されてきた組織であり、一般的な政治団体とは異なる警戒対象でもある。
その中核派が2010年代後半、意外な場所に姿を現した。
YouTubeである。
かつてヘルメット、ゲバ棒、機関紙、アジト、デモ、公安警察といった言葉で語られてきた中核派が、カメラの前に座り、機関紙を紹介し、コメント欄で視聴者と接するようになった。
その中心にあったのが、中核派系全学連の活動家たちによるYouTubeチャンネル「前進チャンネル」だった。
だが、その前進チャンネルはすでに存在しない。
2025年9月、前進チャンネルはYouTube上から姿を消した。削除の詳しい理由は公式に明確化されたわけではないが、同時期には出演者をめぐる除名問題や中核派内部の対立も表面化していた。
では、中核派YouTubeとは何だったのか。
この記事では、かつて存在した前進チャンネルとZNN、そこに登場した活動家たち、そしてチャンネルが持っていた奇妙な魅力を、在りし日の記録として振り返る。
前進チャンネルとは何だったのか
前進チャンネルは、2017年5月に始まった中核派系のYouTubeチャンネルである。
チャンネル名の「前進」は、中核派の機関紙『前進』に由来する。もともとの目的は、週刊『前進』の記事を動画で紹介することだった。
つまり、最初からYouTuber的な娯楽チャンネルとして始まったわけではない。
新聞の紙面紹介。
政治方針の説明。
集会やデモの報告。
公安警察への批判。
学生運動や労働運動の呼びかけ。
内容だけ見れば、かなり硬い。むしろ普通に見れば、面白いというより、重い。政治的な機関紙をそのまま動画にしたようなものだった。
しかし、前進チャンネルには妙な引力があった。
それは、中核派という昭和の政治組織が、平成末期から令和のインターネット空間に素手で出てきたような違和感だった。
革命。プロレタリアート。階級闘争。反帝国主義。公安警察。全学連。労働者階級。機関紙。
そうした言葉が、YouTubeの画面で語られる。
それだけで、時代がねじれていた。
機関紙をYouTubeで読むという奇妙さ
前進チャンネルの基本は、機関紙『前進』の紙面紹介だった。
『前進』は中核派の機関紙であり、現在も発行されている。そこには国内外の政治情勢、労働運動、反戦運動、学生運動、組織方針などが掲載される。
前進チャンネルは、その機関紙を動画で紹介する役割を持っていた。
一見すると、これは地味である。
だが、考えてみればかなり奇妙な現象でもあった。
かつてなら、機関紙は集会、大学、労働組合、街頭で手渡されるものだった。紙の束を持った活動家がいて、読者を組織し、購読を呼びかける。政治運動は紙と足で広がっていた。
それが、YouTubeになった。
紙面紹介の動画がアップされ、視聴者がコメント欄に書き込み、SNSで拡散される。革命党派の宣伝も、アルゴリズムの海に浮かぶ一本の動画になった。
このズレが面白かった。
中核派が新しくなったというより、昭和の言葉が令和の箱に入れられていた。古い火薬をスマホケースに入れて持ち歩くような不思議な光景だった。
前進チャンネルのコメント欄
前進チャンネルで最も面白かったのは、動画そのものよりもコメント欄だったかもしれない。
もちろん、動画の内容も珍しかった。公安警察への批判、デモや大学での攻防、街頭活動の報告など、他の政治系YouTubeでは見られない題材があった。
しかし、それ以上に印象的だったのは、コメント欄の空気である。
前進チャンネルのコメント欄は、かなり自由だった。
支持者だけが礼賛する場所ではなかった。
右派的な視聴者もいた。
野次馬もいた。
真面目に議論する人もいた。
茶化す人もいた。
出演者への感想を書く人もいた。
ウヨクとサヨクが言い合いをしていたり、天皇制や労働組合について延々と議論していたり、まるで昔のSNSのコミュニティのような空気があった。
mixiやGREEのコミュニティを覚えている人なら、あの感じに近いと言えば伝わるかもしれない。
一つの動画がトピックになり、その下で別の議論が勝手に育っていく。新しい動画が出ても、古い動画のコメント欄でまだ誰かが議論を続けている。
現在のSNSは、もっと速く、もっと短く、もっと怒りやすい。
その意味では、前進チャンネルのコメント欄には、インターネットがまだ掲示板の匂いを残していた時代の名残があった。
中核派の主張に賛同するかどうかとは別に、あのコメント欄は一つの観察対象だった。
ZNNとは何だったのか
前進チャンネルとは別に、ZNNという発信媒体もあった。
ZNNは「ZENSHIN NEWS NETWORK」、つまり前進ニュースネットワークの略である。
YouTube上でもZNNの動画発信が行われ、デモ、ストライキ、集会、現地行動などの映像が配信されていた。
前進チャンネルが機関紙『前進』の紹介を中心にした番組的なチャンネルだったのに対し、ZNNはニュース映像、運動報告、現場記録に近い性格を持っていた。
前進チャンネルが「スタジオで語る中核派」だとすれば、ZNNは「現場に出る中核派」だった。
ただし、現在も確認できる中心はZNNのサイトである。ZNN.JPは現在も更新されており、集会、デモ、労働運動、反戦運動などの記事が掲載されている。
つまり、前進チャンネルが消えても、中核派のネット発信そのものが消えたわけではない。
YouTubeという舞台から一部が消えただけで、ZNNや機関紙『前進』を通じた発信は続いている。
斉藤郁真という前進チャンネルの初期の顔
前進チャンネル初期の顔として印象的だったのが、斉藤郁真である。
斉藤は元全学連委員長であり、2010年代の中核派系学生運動を外部に見せる存在だった。
前進チャンネルにおいても、斉藤の存在感は大きかった。
語り口に勢いがあり、古い左翼の言葉を若い顔で話す。その姿は、見る人によっては頼もしくも見え、また別の人には奇妙にも見えただろう。
2019年には逮捕され、その後、前進チャンネルでの存在感は薄くなった。中核派側はこれを不当逮捕、政治弾圧として批判していた。
視聴者目線でいえば、斉藤が出ていたころの前進チャンネルには、ある種の番組としての勢いがあった。政治的主張の正否とは別に、チャンネルの顔としての強さがあった。
革命運動にも、やはりメディア性はある。
誰が語るか。
どんな声で語るか。
どんな表情で語るか。
それによって、同じ言葉でも届き方は変わる。
前進チャンネルは、そのことを意外な形で示していた。
洞口朋子という中核派の公然的な顔
前進チャンネルを語るうえで、洞口朋子も外せない。
洞口朋子は、杉並区議会議員である。2019年に杉並区議選で初当選し、2023年にも再選された。
彼女は、中核派の現代的な公然活動を象徴する人物の一人だった。
中核派の活動家でありながら、地方議会に議席を持つ。テレビ番組にも出演する。YouTubeにも出る。街頭にも立つ。
かつての過激派のイメージとはかなり違う。
地下、非公然、アジト、潜伏。
そうした言葉で語られる中核派とは別に、洞口朋子は顔を出し、名前を出し、議会の場に立つ存在だった。
前進チャンネルでも、洞口の出演動画は目立っていた。中核派の「顔」として、視聴者からの認知も高かった。
ただし、区議になって以降は、議員活動の比重が増えたためか、前進チャンネルへの出演は以前ほど多くなかった。
それでも、洞口朋子の存在は、前進チャンネルが単なる機関紙紹介番組ではなく、中核派が現代社会に自分たちをどう見せるかという実験でもあったことを示している。
石田真弓と前進チャンネル後期
斉藤郁真や洞口朋子の出演が減った後、前進チャンネルで存在感を強めたのが石田真弓だった。
石田は東北大学の学生自治会や全学連に関わった人物として知られ、前進チャンネルのキャスターとしても登場していた。
前進チャンネル後期において、石田は重要な出演者の一人だった。
そのため、2025年に石田をめぐる除名問題が表面化し、ほぼ同時期に前進チャンネルが削除されたことは、どうしても関連を想像させる。
ただし、前進チャンネルの削除理由について、中核派が公式に「石田問題のために削除した」と明言したわけではない。
事実として言えるのは、2025年9月に前進チャンネルが消えたこと。そして同じ時期に、石田真弓の除名をめぐる中核派内部の深刻な対立が表面化したことである。
前進チャンネルは、単なるYouTubeチャンネルではなかった。
出演者の顔と、組織の方針と、学生運動の人間関係が絡み合った媒体だった。だからこそ、内部対立の波を受けやすかったのだろう。
チャンネルが消えたことは、動画メディアの終了であると同時に、一つの時期の中核派学生運動の終わりでもあったように見える。
その他の登場人物たち
前進チャンネルには、他にも複数の活動家が登場していた。
高原恭平は、東大生の中核派活動家として注目された人物である。全学連委員長として紹介されることもあり、若い世代の活動家としてチャンネルに登場していた。
赤嶺知晃は、沖縄大学学生自治会委員長として知られ、沖縄や学生運動の文脈で登場していた。
青羽玲音のように、ヘルメットやマスク姿で登場する人物もいた。
こうした出演者たちを見ると、前進チャンネルは単に中核派中央の宣伝媒体だっただけではないことがわかる。
学生運動の顔。地方運動の顔。議会進出の顔。機関紙紹介の顔。デモ現場の顔。
それぞれの顔が出入りすることで、中核派という組織が、令和のインターネット空間にひとまず人間の姿で現れていた。
もちろん、その背後には組織がある。思想がある。過去の暴力の記憶がある。
だが、YouTubeの画面に映るのは、まず人間の顔だった。
そこが、前進チャンネルの奇妙なところだった。
清水丈夫は出てこなかった
前進チャンネルのコメント欄で、しばしば名前が出ていた人物がいる。
清水丈夫である。
清水丈夫は、中核派の最高指導者とされてきた人物であり、長年にわたって組織を率いてきた存在である。
だが、前進チャンネルに清水丈夫が登場することはなかった。
ここにも中核派の二重性がある。
若い活動家や区議はYouTubeに出る。
機関紙は動画で紹介される。
デモや集会はネットで配信される。
しかし、組織の最深部は見えない。
前進チャンネルは開かれた窓だったが、家全体が見えたわけではない。
むしろ、窓が開かれたことで、奥の暗さが余計に際立ったともいえる。
YouTubeに出てくる中核派と、出てこない中核派。
前進チャンネルを見ていると、その両方が同時に見えた。
なぜ前進チャンネルは面白かったのか
前進チャンネルが面白かった理由は、動画として完成度が高かったからではない。
むしろ、普通のYouTube番組として見れば、粗い部分も多かった。話は硬く、用語は難しく、政治的主張は独特で、一般視聴者に向けたエンタメ性が強いわけでもなかった。
それでも面白かったのは、そこに時代のねじれがあったからである。
中核派は、1960年代から70年代の新左翼運動を背負った組織である。内ゲバ、成田闘争、国鉄闘争、公安警察、アジト、非公然活動。そうした昭和の政治的記憶と切り離せない。
関連記事:新左翼とは何だったのか
その組織が、YouTubeという現代のメディアに出てきた。
しかも、ただ公式動画を置くだけではなく、若い活動家が機関紙を紹介し、コメント欄が開放され、視聴者が茶化し、議論し、時には出演者に注文をつける。
これは一種の見世物でもあった。
もちろん、軽く消費していい話ではない。中核派には過去の暴力の歴史があり、警察庁からも現在なお警戒対象とされている。
だが、それでも前進チャンネルは、現代の日本で新左翼党派がどのように生き残ろうとしていたのかを観察できる貴重な場所だった。
そこには、革命運動の残響があった。
同時に、YouTube時代の自己演出もあった。
関連記事:中核派と革マル派の違いとは
右派YouTube全盛の中で現れた左翼チャンネル
2010年代のYouTubeでは、政治系コンテンツといえば在特会など右派系、保守系、反リベラル系のチャンネルが目立っていた。
街宣動画、韓国批判、中国批判、マスメディア批判、保守言論人の切り抜きなどが大量に流通していた。
その中で、前進チャンネルはかなり異質だった。
右派的なネット世論が強かった場所に、突然、革命的左翼のチャンネルが現れたのである。
しかも、言葉遣いは現代風に少し柔らかくなっているものの、根本にあるのは反帝国主義、反スターリン主義、階級闘争、革命である。
このズレは大きかった。
右派YouTubeが「保守」「愛国」「反左翼」を掲げる一方で、前進チャンネルは「革命」「労働者」「学生」「反戦」を語る。
YouTubeという同じプラットフォームの上に、まったく別の政治的言語が置かれていた。
それは、ネット空間の中に小さな新左翼の島が浮かんでいるようなものだった。
関連記事:在特会とは何だったのか
前進チャンネルの消滅
しかし、その前進チャンネルは消えた。
2025年9月、前進チャンネルはYouTube上から確認できなくなった。
外部の観測では、YouTube側によるBANではなく、自主削除だった可能性が高いとされている。ただし、削除の理由が公式に明確化されたわけではない。
同じ時期には、石田真弓の除名をめぐる中核派内部の対立が表面化した。中核派側は石田を厳しく批判し、一方で対立する側からも別の声明が出された。
かつてコメント欄で外部の視聴者と言い合っていた中核派は、今度は自分たちの内部で激しい対立を抱えることになった。
前進チャンネルの消滅は、単なるYouTubeアカウントの削除ではない。
それは、中核派がYouTubeを通じて外部に開いていた一つの窓が閉じたことを意味している。
もちろん、中核派のネット発信が完全に止まったわけではない。機関紙『前進』は続いている。ZNN.JPも更新されている。洞口朋子も杉並区議として活動している。
だが、前進チャンネルという独特の場所は消えた。
あのコメント欄も、あの紙面紹介も、あの出演者たちの並びも、今では一つの記憶になった。
中核派YouTubeとは何だったのか
では、中核派YouTubeとは何だったのか。
それは、老いた革命党派が、現代のメディア環境に適応しようとした実験だった。
機関紙をYouTubeで紹介する。
活動家が顔を出す。
コメント欄を開く。
公安警察との攻防を動画にする。
議員、学生、活動家がネット上で語る。
そこには、時代遅れのようでいて、妙に現代的なものがあった。
政治運動は、もはや街頭だけでは完結しない。
機関紙だけでも届かない。
集会だけでも広がらない。
だから中核派もYouTubeに出た。
しかし、YouTubeに出たからといって、組織の本質が変わるわけではない。過去の暴力の歴史も、内ゲバの記憶も、公安警察との関係も、組織内部の論理も、そのまま残る。
前進チャンネルは、中核派を若返らせたのではない。
むしろ、中核派という古い組織が、現代の画面に映るとどう見えるのかを露出させた。
そこに価値があった。
まとめ
中核派のYouTubeチャンネル「前進チャンネル」は、2017年に始まり、2025年に消えた。
それは、単なる政治系YouTubeチャンネルではなかった。
中核派の機関紙『前進』を紹介し、若い活動家が登場し、洞口朋子のような議員も顔を出し、公安警察や学生運動、労働運動をめぐる主張が語られた。
動画そのものより、コメント欄に面白さがあった。そこには、右派も左派も野次馬も入り混じる、昔のSNSのような自由な空気があった。
しかし、2025年に前進チャンネルは消えた。時期的には、出演者をめぐる除名問題や中核派内部の対立と重なっていたが、削除理由が公式に明確化されたわけではない。
前進チャンネルは、昭和の新左翼が令和のYouTubeに現れた、奇妙な一時期の記録だった。
革命を掲げる組織が、アルゴリズムの海に動画を流す。
それは笑えるようで、笑いきれない光景だった。
前進チャンネルはもうない。
だが、あのチャンネルは、中核派がまだ「過去の遺物」ではなく、現代のネット空間にも姿を現していたことを示す、小さな赤い痕跡だった。
前進チャンネルは、中核派を映像で見ることができる珍しい場所だった。
だが、動画で見えるのは、あくまで表に出てきた活動家の顔や言葉である。その背後にある中核派の理論そのものを知るには、別の入口が必要になる。
中核派が掲げてきた基本路線に、「反帝国主義・反スターリン主義」がある。
これは、アメリカを中心とする帝国主義にも、ソ連や中国に代表されるスターリン主義にも反対するという立場である。中核派は、この立場から世界情勢、戦争、労働運動、革命運動を見てきた。
その理論を中核派自身の言葉で知るなら、『反帝国主義・反スターリン主義とは何か――中核派の革命理論と時代認識』がある。
もちろん、これは中核派側の立場から書かれた本である。そのため、読むときには批判的な距離も必要になる。
しかし、前進チャンネルで語られていた言葉の背景を知るには、こうした理論書を読む方が早い。
なぜ中核派は「革命」を語り続けるのか。
なぜ「反帝・反スタ」という言葉にこだわるのか。
なぜ現代の戦争や国際情勢を、独自の革命理論で読み解こうとするのか。
前進チャンネルは、その入口だった。
この本は、その奥にある理論の部屋である。
▶ Amazonで『反帝国主義・反スターリン主義とは何か――中核派の革命理論と時代認識』を見る
中核派と革マル派の違い、革共同分裂、内ゲバ、現在の活動については、以下の記事で詳しく整理している。
新左翼運動全体の流れについては、以下の記事で整理している。



