『オースティン・パワーズ』を観ていて、不思議に思うことがある。
歯をむき出して笑う英国のスパイと、世界征服を企む無表情な悪役。この二人を、同じ俳優が演じているのだ。
その俳優がマイク・マイヤーズである。
彼は映画に出ただけではない。第1作では脚本と製作にも名を連ね、オースティン・パワーズとDr.イーブルという対照的な人物を自ら演じた。監督はジェイ・ローチだが、作品の核にあるキャラクターを作ったのはマイヤーズである。
では、この人物はどこから来たのか。
なぜ彼は一人でいくつもの顔を持つようになったのだろう。
カナダで育った、英国文化の家の子
マイク・マイヤーズは1963年、カナダのオンタリオ州スカボローに生まれた。両親は英国リバプールからの移住者である。
本人がラジオ番組『Fresh Air』で語ったところによれば、父親は夜中でも面白い英国のコメディ番組があれば息子を起こし、一緒に観ていた。ピーター・セラーズの映画も、ジェームズ・ボンドも、幼いマイヤーズにとっては家庭の中にある文化だった。
カナダで生活しながら、家の中ではリバプールの言葉や英国の笑いに触れる。後に『オースティン・パワーズ』で再現する1960年代の英国は、単なる映画の舞台ではなく、父親を通して受け取った記憶の一部でもあったのである。
コメディを「演じながら書く」場所へ
高校を終えたマイヤーズは、即興劇集団セカンド・シティのトロント巡業劇団に入った。トロントの舞台を経て、1988年にはシカゴでも活動する。
セカンド・シティでは、あらかじめ完成した役を演じるだけではない。俳優たちは人物の話し方や反応を試し、観客の前で笑いを確かめながら場面を作る。
マイヤーズはそこで、書くことと演じることを一体の仕事として磨いた。
『サタデー・ナイト・ライブ』から映画へ
1989年、マイヤーズは米国のテレビ番組『サタデー・ナイト・ライブ』(SNL)に参加した。およそ6年間、さまざまな人物を演じ、番組の脚本執筆でも評価された。
その中でも大きな人気を得たのが、友人ガースとともに自宅の地下室から番組を放送するウェインである。ガースを演じたのはダナ・カーヴィー。二人の寸劇は、1992年の映画『ウェインズ・ワールド』になった。
マイヤーズはこの映画でも主演と脚本を担当した。ただし脚本は単独ではなく、ボニー・ターナー、テリー・ターナーとの共同執筆である。
『ウェインズ・ワールド』の成功は、彼が人気番組の出演者であると同時に、自分のキャラクターを映画へ運べる作り手であることを示した。
父を失った後に生まれた『オースティン・パワーズ』
マイヤーズは1991年に父親を亡くした。本人は、父の死の後に『オースティン・パワーズ』という創作が生まれたこと、父に見せられた英国コメディへの思いが映画に込められていることを語っている。
そして1997年、映画『オースティン・パワーズ』が公開された。
主人公は1960年代から1990年代へやって来た英国のスパイ。敵のDr.イーブルも同じ時代から現れる。スパイ映画の格好よさを借りながら、その自信や時代遅れの感覚を笑いに変えていく。
第1作の北米興行収入は約5,390万ドル。その後、1999年の第2作は約2億600万ドル、2002年の第3作は約2億1,330万ドルに達した。最初から続編級の巨大ヒットだったわけではなく、シリーズを重ねて観客の規模が大きくなったのである。
マイヤーズが演じるのは主人公だけではない。Dr.イーブルに加え、続編ではファット・バスタードやゴールドメンバーにも扮する。同じ俳優の顔を何度も見せながら、まったく異なる人物が同じ画面の世界に住んでいるように見せる。そこに彼の芸の特徴がある。
映画そのものの面白さや、日本とアメリカでの受け止められ方については、『オースティン・パワーズ』はなぜ日本で忘れられた?で詳しく書いている。
顔を見せずに知られる『シュレック』
2001年からは、アニメーション映画『シュレック』で主人公の声を担当した。ウェインともオースティンとも違い、ここでは自分の姿が画面に出ない。
それでも彼は、訛りや声の調子を使って、ひねくれているが傷つきやすい怪物を演じた。『シュレック』を通して、マイヤーズは彼の実写映画を観ていない世代にも届くようになる。
ただし『シュレック』では声の俳優であり、『オースティン・パワーズ』のように主人公の脚本まで担当したわけではない。仕事の違いを区別すると、彼の活動の広がりがよく分かる。
成功の後も、同じ調子では続かなかった
マイヤーズが脚本を共同で書き、主演した2008年の映画『ラブ・グル』は、製作費約6,200万ドルに対して世界興行収入が約4,090万ドルだった。『オースティン・パワーズ』の後に作られた新しい主人公は、かつてのような大きな映画シリーズにはならなかった。
ただ、映画の成績だけで、その後の人生を「消えた」とまとめることはできない。彼は『イングロリアス・バスターズ』などに出演し、マネジャーのシェップ・ゴードンを追ったドキュメンタリー『Supermensch: The Legend of Shep Gordon』では監督を務めた。
2018年の映画『ボヘミアン・ラプソディ』にも出演している。役は、クイーンの楽曲「ボヘミアン・ラプソディ」に難色を示すレコード会社の幹部レイ・フォスターだ。
ここには、彼の過去の仕事を知る人への仕掛けがある。1992年の『ウェインズ・ワールド』では、マイヤーズ演じるウェインたちが車の中で「ボヘミアン・ラプソディ」に合わせて歌い、頭を振る場面がある。そのマイヤーズが、今度は曲が車の中で盛り上がるとは思えないという側を演じる。二つの映画を見比べると、役の立場が逆転した冗談として楽しめる。
2022年にはNetflixのシリーズ『The Pentaverate』を企画し、自ら八つの役を演じている。近年になっても、一人の身体から何人もの人物を作り出すことを続けているのだ。
2026年現在も活動しており、映画『Michael/マイケル』に出演。さらに、2027年公開予定の『シュレック5』で再びシュレックの声を担当すると発表されている。公開予定は今後変更される可能性がある。
マイク・マイヤーズとは何者か
マイヤーズを単に「『オースティン・パワーズ』の俳優」と呼ぶと、肝心なところが抜け落ちる。
彼はカナダで育ち、父から英国の喜劇に親しみ、即興劇の舞台で人物を作る力を磨いた。SNLでウェインを広め、映画ではオースティンとDr.イーブルを同時に演じた。声だけでシュレックにもなった。
一人のスターが異なる映画に出演した、というだけの経歴ではない。自分の中にいる複数の人物を、脚本、衣装、声、動きによって外へ出してきたコメディアンの歴史である。
父親と観た英国コメディが、やがて米国の映画館を満たす笑いになった。その遠回りこそ、マイク・マイヤーズという人物を知るための入口なのだと思う。


