Netflixで2022年に配信されたドラマ『新聞記者』。
米倉涼子演じる新聞記者・松田杏奈が、学校法人「栄新学園」への国有地売却をめぐる疑惑と、その後に起きる公文書改ざんを追っていく。
ドラマを見ていると、森友学園問題を強く想起させる設定がいくつも登場する。
ただし注意したい。
『新聞記者』はドキュメンタリーではない。
実在人物をそのまま別名に置き換えた作品というより、現実に起きた複数の事件や人物を組み替えて、一つの物語に再構成したフィクションとして見る方が実態に近い。
では、誰が誰をモデルにしているのか。
現実の森友学園問題と比較してみよう。
- 栄新学園のモデルは森友学園か
- 松田杏奈(米倉涼子)|望月衣塑子を軸にしながら、赤木夫妻との関係は現実と異なる
- 鈴木和也(吉岡秀隆)|赤木俊夫を強く想起させる
- 鈴木真弓(寺島しのぶ)|赤木雅子を想起させる妻
- 村上真一(綾野剛)|総理夫人付きという設定は谷査恵子を想起させる
- 財務省理財局長・毛利義一|佐川宣寿を想起させるが、その後は大きく異なる
- 豊田進次郎(ユースケ・サンタマリア)|山口敬之を強く想起させるが、伊藤詩織との問題は描かれない
- 横浜流星演じる木下亮は現実を見る「普通の人」
- 『新聞記者』は森友学園事件の再現ドラマではない
- 現実の森友学園問題はどう終わったのか
- 『新聞記者』を見たあとに読みたい関連書籍・関連作品
- Netflixドラマと現実の違いを読む
栄新学園のモデルは森友学園か
ドラマの中心となるのが「栄新学園問題」である。
学校法人への国有地売却、土地価格をめぐる疑惑、総理夫人との関係、国会での首相答弁、財務官僚による決裁文書の改ざん。
構造は現実の森友学園問題と重なる部分が多い。
現実では2017年2月9日、朝日新聞が大阪府豊中市の国有地について、森友学園への売却価格が1億3400万円だったと報道した。隣接する国有地の売却価格と比較して大幅に安かったことなどから、国有地売却の経緯が国会でも追及されることになる。
その後さらに重大な問題として浮上したのが、公文書の改ざんだった。
財務省は2018年、森友学園案件に関する14件の決裁文書について書き換えが行われていたことを認め、その後の調査報告書では正式に「改ざん」と表現した。
ドラマの栄新学園問題は、この一連の出来事を大きな土台としていると見ることができる。
松田杏奈(米倉涼子)|望月衣塑子を軸にしながら、赤木夫妻との関係は現実と異なる
主人公は、米倉涼子演じる東都新聞社会部記者・松田杏奈である。
官房長官会見で政府に厳しい質問を投げかけ、政権中枢の問題を追い続ける女性記者という人物像は、東京新聞記者・望月衣塑子を強く想起させる。
作品の源流となった2019年の映画『新聞記者』も、望月の著書『新聞記者』を原案の一つとして制作されている。
ただし、Netflixドラマ版の松田杏奈を、そのまま「望月衣塑子の再現」と見ることはできない。
特に現実と大きく異なるのが、森友学園問題で公文書改ざんに関わった職員と、その妻との関係である。
ドラマでは鈴木和也の生前から取材する
ドラマの松田は、吉岡秀隆演じる財務局職員・鈴木和也に接触する。
そして鈴木の死後は、寺島しのぶ演じる妻・真弓と関係を深める。
夫がなぜ死ななければならなかったのか。
その真相を知りたい真弓と、事件を明らかにしようとする松田が、いわば同じ方向を向いて進んでいく。
裁判が始まってからも松田は遺族の側に立ち、鈴木が残した事実を世に出そうとする。
ドラマにおいて松田杏奈は、単なる取材記者ではない。
公文書改ざんに苦しむ鈴木和也の生前から関わり、その死後は妻・真弓とともに真相を追う人物として描かれている。
現実の望月衣塑子と赤木俊夫に同じ関係は確認できない
現実の森友学園問題で、鈴木和也を強く想起させる人物が近畿財務局職員の赤木俊夫である。
赤木は財務省による決裁文書改ざんに関わった後、2018年3月に自死した。
しかし、ドラマの松田と鈴木のように、望月衣塑子が赤木俊夫の生前から本人を取材し、赤木から頼られる関係にあったという事実は確認されていない。
少なくとも公に確認できる両者の関係は、ドラマほど直接的なものではない。
では現実に、赤木俊夫の死後、妻・雅子に寄り添いながら事件を追った記者は誰だったのか。
そこで重要になるのが、元NHK記者の相澤冬樹である。
赤木雅子が連絡した記者は相澤冬樹だった
相澤冬樹はNHK大阪放送局で森友学園問題を取材していた記者で、その後NHKを退職し、大阪日日新聞などで取材を続けた。
相澤によれば、赤木俊夫の死後、妻の赤木雅子の方から相澤に連絡があった。
それまで二人は面識がなく、相澤が雅子に取材を申し込んでいたわけでもなかった。
雅子は夫の死の真相を知ろうとする中で、森友問題を取材してきた相澤の存在を知り、連絡したという。
そこから二人の長い関係が始まった。
相澤は雅子と話を重ね、俊夫が残した手記を取材する。
2020年3月、『週刊文春』は相澤の取材によって赤木俊夫の手記を公表した。
「元は、すべて、佐川理財局長の指示です」
など、改ざんに至る経緯が書かれた手記の存在が広く知られることになった。相澤はその後も赤木雅子による国と佐川宣寿元理財局長への訴訟を継続的に取材している。
相澤自身の記述によれば、雅子とのやり取りは裁判開始前の時点ですでに1000通を超えるLINEに及んでいた。雅子が手記を公表し、裁判を起こすまでの過程についても継続的に取材している。
後には赤木雅子との共著『私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』も出版した。
つまり、赤木俊夫の死後、妻の雅子と長期間にわたって関係を築き、手記を世に出し、その後の裁判を追い続けた記者という役割は、現実では相澤冬樹の方がドラマの松田杏奈に近い。
松田杏奈は複数の記者を一人にまとめた人物なのか
この点から見ると、松田杏奈という人物の作り方が見えてくる。
人物像の出発点には望月衣塑子がいる。
Netflixも松田について、慣例を破って進む東都新聞社会部の記者として設定している。
しかし森友学園問題に相当する物語の中で、松田が鈴木夫妻との間に築く関係まで望月衣塑子本人の現実を再現しているわけではない。
特に、
改ざんに関わった職員の死後、その妻から話を聞き、残された手記を世に出し、裁判を長期間追い続ける
という部分では、相澤冬樹の実際の取材活動との共通点が目立つ。
そのため松田杏奈は、
望月衣塑子を軸とする「権力を追及する女性新聞記者」という人物像に、森友問題を追った他の記者たちの役割を集約したフィクション上の人物
と見る方が、現実との違いを理解しやすい。
ドラマでは一人の記者と一組の夫婦の関係にまとめられている。
現実の森友学園問題では、そうではなかった。
赤木俊夫の死後、赤木雅子と長く向き合い、手記の公表から裁判まで追い続けた記者として大きな役割を果たしたのは、望月衣塑子ではなく相澤冬樹だったのである。
鈴木和也(吉岡秀隆)|赤木俊夫を強く想起させる
ドラマで最も現実の森友問題と重なる人物の一人が、吉岡秀隆演じる鈴木和也である。
財務局に勤務する鈴木は、上司から栄新学園問題に関する決裁文書の改ざんを命じられる。
公務員としての良心と組織からの命令の間で追い詰められていく。
この設定は、近畿財務局職員だった赤木俊夫を強く想起させる。
現実の赤木は、森友学園に関する決裁文書の改ざん作業に携わった後、2018年3月に自死した。
後に妻の赤木雅子が国を相手に損害賠償を求める訴訟を起こした。
国は2021年、この裁判で請求を全面的に受け入れる「認諾」を行った。
政府は国会で、赤木が本省からの改ざん指示への対応を含む厳しい勤務状況に置かれ、精神面・肉体面で過剰な負荷が続いたことによって自死に至ったとして、「国の責任は明らか」と説明している。
ドラマの鈴木和也と現実の赤木俊夫を比較すると、重なる部分は非常に多い。
鈴木真弓(寺島しのぶ)|赤木雅子を想起させる妻
寺島しのぶ演じる鈴木真弓は、鈴木和也の妻である。
夫の死後、なぜ夫が追い詰められたのか、その真相を知ろうと動き始める。
現実の赤木雅子と重なる設定である。
ただし現実では、その後の展開はドラマ終了後も長く続いた。
赤木雅子は、国が捜査機関に提出した森友関連文書の開示を求めて国と争い、2025年1月、大阪高裁は国による不開示決定を取り消した。
政府は上告せず、その後財務省による大量の文書開示が始まった。2026年4月には、森友学園事案と関連が深い主要文書の開示がいったん完了している。一方で、主要文書以外には31万ページを超える資料が確認されており、財務省は引き続き対応している。
つまり現実の物語は、Netflixドラマの配信終了後も続いているのである。
村上真一(綾野剛)|総理夫人付きという設定は谷査恵子を想起させる
綾野剛演じる村上真一は、若手エリート官僚として登場する。
「総理夫人付き」を務めていたという設定である。
森友学園問題でこの立場にいた実在人物として知られているのが、経済産業省から内閣官房へ出向していた谷査恵子である。
森友学園側から国有地に関する要望を受けた谷は、財務省に問い合わせを行い、その回答をFAXで学園側に送っている。
そのため、村上の人物設定は谷を強く想起させる。
ただし、村上真一=谷査恵子とそのまま見ることはできない。
ドラマの村上はその後、内閣情報調査室に異動し、政権に批判的な人物や記者について情報を集める側へ回る。
ここは現実とは大きく異なる。
現実の谷査恵子は内調ではなく海外へ
現実の谷査恵子は、森友学園問題が表面化した2017年8月、在イタリア日本大使館の一等書記官に異動した。
当時の世耕弘成経済産業相は、この異動について森友学園問題とは「全く関係ない」とし、「本人の能力、適材適所を考えた通常の人事異動」と説明している。
その後も谷は官僚として勤務を続けた。
2021年には経済産業省の産業技術環境局総務課国際室で総括補佐を務めていたことが、経産省の資料から確認できる。
さらに2025年には、経済産業省通商政策局の東アジア経済統合推進室長となり、国際経済部の通商交渉調整官も兼務していた。経産省の幹部名簿にも谷の名前が掲載されている。
2026年7月1日付の人事では、東アジア経済統合推進室長などから大臣官房付へ異動したことが報じられた。
そして2026年9月現在、外務省が公開している担当官名簿では、谷査恵子は在トルコ日本国大使館の参事官として掲載されている。
経済広域担当官、インフラプロジェクト専門官の双方の名簿に名前があり、日本企業の海外展開などに関わる経済分野を担当していることが確認できる。
つまりドラマと現実を並べると、
ドラマの村上真一
総理夫人付き → 内閣情報調査室へ
に対して、
現実の谷査恵子
総理夫人付き → 経産省 → 在イタリア日本大使館 → 経産省の国際・通商部門 → 在トルコ日本国大使館
という道を歩んだことになる。
森友学園問題によって刑事責任や懲戒処分を受けて官僚人生を終えたわけではない。むしろその後も経産官僚として勤務を続け、2026年現在も外交・通商分野の職務に就いている。
ドラマでは村上が内調へ送られることで、官邸内部の情報統制を描く役割を担う。
しかし現実の谷の経歴を見る限り、この部分は事実の再現ではなく、「総理夫人付き」という現実の設定を出発点に、別の物語を与えられたフィクションと見るべきだろう。
財務省理財局長・毛利義一|佐川宣寿を想起させるが、その後は大きく異なる
ドラマに登場する財務省理財局長・毛利義一は、現実の森友学園問題で理財局長を務めていた佐川宣寿を強く想起させる人物である。
森友学園問題が国会で追及された当時、佐川は財務省理財局長として答弁に立った。
その後、2017年7月に国税庁長官へ就任する。
しかし2018年3月、財務省による森友学園関連の決裁文書書き換え問題が拡大する中、佐川は国税庁長官を辞任した。2018年3月27日には国会で証人喚問を受けている。
ここまではドラマの毛利と重なる部分が多い。
しかし、その後の人生についてはドラマと現実で大きく異なる。
ドラマでは官僚を辞め、荒んだ生活を送る
ドラマの毛利は財務省を去った後、表舞台から完全に転落した人物として描かれる。
かつて理財局長として部下を動かしていた面影は薄く、酒に溺れ、荒んだ生活を送っている。
主人公の松田杏奈がその毛利を訪ねることで、組織の中枢にいた人物もまた事件によって人生を壊されたかのような構図になっている。
ドラマでは、公文書改ざんに関わった上層部にも重い代償を負わせているのである。
現実の佐川宣寿も退官したが、刑事責任は問われなかった
現実の佐川も、2018年3月9日に国税庁長官を辞任し、そのまま退官した。
そのため、森友問題の後も財務官僚として勤務を続けたわけではない。
ただし、その責任の取り方はドラマとはかなり違う。
財務省は2018年6月の調査報告書で、佐川について、決裁文書の改ざんや応接録の廃棄について「方向性を決定づけた」と認定した。
佐川はすでに退職していたため実際の停職処分を科すことはできず、財務省は「停職3か月」の懲戒処分を受けていたと仮定し、その分を退職手当から差し引く措置を取った。
一方、決裁文書改ざんなどをめぐる刑事事件では、佐川を含む財務省関係者は起訴されなかった。
さらに赤木俊夫の妻・雅子が佐川個人に損害賠償を求めた裁判でも、2025年3月、最高裁が雅子側の上告を退け、佐川個人の賠償責任を認めない判断が確定している。
これは佐川の行為そのものを正当化したという判決ではなく、国家公務員が職務中に行った不法行為については、国家賠償法上、原則として国が賠償責任を負うという法的枠組みによるものだった。
退官後は民間企業へ
ドラマの毛利は、官僚を辞めた後に荒んだ生活を送る。
しかし現実の佐川について、同じような生活を送っていたことを示す事実は確認されていない。
むしろ近年、その後の職歴が明らかになっている。
ジャーナリストの相澤冬樹は2025年、佐川がバイオ企業の新日本科学の顧問に就任し、都内のオフィスに通っていると報じた。
相澤の取材によれば、退官後ほどなくして財務省OBから同社を紹介されたという。
さらに2026年には、岩谷産業の100%子会社である岩谷瓦斯の社外取締役(非常勤)に就任した。
つまり両者を並べると、
ドラマの毛利義一
理財局長 → 退官 → 荒んだ生活
に対して、
現実の佐川宣寿
理財局長 → 国税庁長官 → 辞任・退官 → 停職3か月相当として退職金減額 → 刑事起訴なし → 民間企業の顧問・社外取締役
という経過をたどったことになる。
ドラマは、公文書改ざんに関わった上層部にも人生そのものが崩れるほどの代償を負わせている。
しかし現実の佐川は公職を去ったものの、刑事裁判で責任を問われることはなく、その後は民間企業で職を得ている。
この点は、Netflix『新聞記者』が描いた結末と現実の森友学園問題との、かなり大きな違いの一つである。
豊田進次郎(ユースケ・サンタマリア)|山口敬之を強く想起させるが、伊藤詩織との問題は描かれない
ユースケ・サンタマリア演じる豊田進次郎は、『新聞記者』の中でも現実の人物との対応関係が分かりやすい一方、かなり大胆に再構成された人物である。
豊田は政権中枢と近いジャーナリストとして登場する。
首相に近い立場で本を出版し、テレビでは政権を擁護する発言を繰り返す。さらに内閣官房参与という肩書を持ち、政府内部にも強い影響力を持っている。
その一方で、AI技術開発に絡む国の助成金をめぐる詐欺事件が浮上し、逮捕状まで出たにもかかわらず、逮捕直前になって捜査が止められたという過去を持つ。
こうした設定から、豊田進次郎は元TBS記者の山口敬之を強く想起させる人物として論評されてきた。もっともNetflix側が「山口敬之がモデル」と公式に明示しているわけではなく、実在する複数の人物や事件を組み合わせた創作人物と見る必要がある。
山口敬之は安倍晋三を描いた『総理』を出版
現実の山口敬之も、安倍晋三政権との距離の近さで知られたジャーナリストだった。
2016年には、安倍晋三や政権中枢を取材したノンフィクション『総理』を出版している。
この「首相に近いジャーナリストが首相を題材にした本を書く」という部分は、ドラマの豊田と重なる。
また山口は、スーパーコンピューター開発会社PEZY Computingの顧問を務めていた。
同社をめぐっては、国立研究開発法人から交付された助成金を不正に受給したとして経営者らが逮捕される事件が起きている。
山口本人がこの助成金詐欺で起訴されたわけではないが、政権に近いジャーナリスト、先端技術企業、国からの助成金という要素は、ドラマで豊田に与えられた設定との共通点が見える。
現実の山口敬之には、伊藤詩織との問題があった
ただし、現実の山口敬之を語る上で避けて通れないもう一つの出来事がある。
ジャーナリストの伊藤詩織との問題である。
伊藤は2015年、就職について相談するため山口と会食した後、ホテルで同意のない性行為を受けたとして被害を訴えた。
刑事事件では山口は不起訴となり、検察審査会も不起訴相当とした。
一方、伊藤が山口に損害賠償を求めた民事裁判では判断が異なった。
東京地裁は2019年、性行為に同意がなかったと認定して山口に賠償を命じた。
2022年1月の東京高裁も同様に、伊藤の同意がない状態で性行為に及んだと認定し、山口に約332万円の支払いを命じた。
最高裁は2022年7月7日に山口側の上告を退け、この判断が確定している。
一方、伊藤が著書『Black Box』などで薬物を使用された可能性について公表した部分については、東京高裁が真実であると認める証拠がないとして、伊藤側にも55万円の賠償を命じた。この判断についても最高裁で確定している。
つまり刑事事件では不起訴だったが、民事裁判では同意のない性行為だったとの司法判断が確定したという結末である。
「逮捕直前で止められる」という設定にも現実との接点がある
さらにドラマで豊田が「逮捕寸前だったにもかかわらず、上からの力によって逮捕されなかった」とされる設定も注目される。
伊藤詩織の件では、警察が山口に対する逮捕状を取得したものの、その執行が見送られたことが報じられている。
ただし、その判断が政治的介入によるものだったと司法判断で認定されたわけではない。
山口自身も一貫して、同意のない性行為を否定してきた。
そのため、ドラマの「政権中枢の力によって豊田の逮捕が止められた」という描写までを、そのまま現実の事実として見ることはできない。
ドラマはなぜ伊藤詩織との問題を描かなかったのか
興味深いのはここである。
豊田進次郎が山口敬之を強く想起させる人物であるにもかかわらず、ドラマでは伊藤詩織との問題に相当する女性との事件は描かれない。
代わりに与えられているのが、AI技術開発と助成金をめぐる疑惑である。
なぜこのような置き換えが行われたのかについて、制作側が明確な理由を説明した事実は確認できない。
森友学園をモデルとする栄新学園問題を物語の中心に据えるため、別の大きな事件を盛り込まなかったというドラマ構成上の理由も考えられる。
あるいは、実在人物との対応関係をそのまま再現することを避け、複数の事件を組み合わせることでフィクションとして再構成したとも考えられる。
いずれにしても、現実の山口敬之をめぐって最も大きく報じられ、最終的に民事裁判で司法判断まで確定した伊藤詩織との問題を、ドラマはそのまま描いていない。
ここは豊田進次郎と山口敬之を比較するとき、重要な違いである。
豊田進次郎は山口敬之そのものではない
整理すると、ドラマと現実には次のような対応関係が見える。
ドラマの豊田進次郎
政権に近いジャーナリスト
→ 首相についての著書
→ 内閣官房参与
→ AI企業・助成金疑惑
→ 逮捕状が出る
→ 直前で逮捕が止まる
一方の現実の山口敬之は、
安倍晋三政権に近いジャーナリストとして知られる
→ 安倍政権を描いた『総理』を出版
→ PEZY Computingの顧問
→ 伊藤詩織が性被害を訴える
→ 刑事事件では不起訴
→ 民事裁判では同意のない性行為だったとの判断が確定
という経過をたどった。
重なる要素は多い。
しかし女性をめぐる事件を助成金事件へ置き換えるなど、決定的に異なる部分もある。
その意味で豊田進次郎は、山口敬之という人物を強く想起させる要素を核にしながら、安倍政権期に起きた複数の事件を一人に集約したフィクション上の人物と考えるのが妥当だろう。
横浜流星演じる木下亮は現実を見る「普通の人」
一方、横浜流星演じる大学生・木下亮は、特定の政治家や官僚をモデルとした人物ではない。
新聞配達をしながら大学に通い、政治にも新聞にもそれほど関心を持っていなかった若者が、栄新学園問題をきっかけに社会を見るようになる。
藤井道人監督がNetflix版で「どうしても描きたかった」というキャラクターであることをNetflixも紹介している。
実在人物を再現するのではなく、事件を外側から見る一般市民の視点を担う人物なのだろう。
『新聞記者』は森友学園事件の再現ドラマではない
こうして並べてみると、『新聞記者』が単純な森友学園事件の再現ドラマではないことが分かる。
松田杏奈には望月衣塑子。
鈴木和也には赤木俊夫。
鈴木真弓には赤木雅子。
村上真一には谷査恵子を想起させる設定。
毛利義一には佐川宣寿。
豊田進次郎には山口敬之を想起させる要素。
そして栄新学園問題には森友学園問題。
現実との対応関係はかなり見える。
しかし、現実では別々の場所、別々の人物、別々の時期に起きたことを、ドラマでは松田杏奈を中心とする一つの物語へ集約している。
ここがフィクションとしての『新聞記者』と、現実の森友学園問題との最大の違いである。
現実の森友学園問題はどう終わったのか
ドラマを最後まで見ると、一つの事件が大きな結末へ向かっていく。
しかし現実は、それほどきれいには終わっていない。
森友学園への国有地売却をめぐって問題となった土地価格。
総理夫人付き職員による財務省への問い合わせ。
国会答弁。
財務省による決裁文書改ざん。
赤木俊夫の自死。
そして赤木雅子による裁判。
これらについて多くの事実は明らかになった。
財務省は公文書改ざんそのものを認めた。
国は赤木俊夫が公務に起因して自死したことについて責任を認めた。
一方、佐川宣寿ら財務省関係者は刑事事件では起訴されず、政治家についても国有地売却や文書改ざんを理由に刑事責任が認定された人物はいない。
そして2025年から2026年にかけても、新たな森友関連文書の開示が続いた。
つまり森友学園問題は、
「改ざんがあったかどうか」は決着したが、「なぜこの土地取引がここまで異例の展開をたどり、なぜ改ざんにまで至ったのか」という全体像については、現在も資料を読み解く余地が残されている事件
なのである。
Netflix『新聞記者』は、その現実をそのまま映像化した作品ではない。
しかし登場人物のモデルと思われる人物を一人ずつ現実へ戻していくと、ドラマだけでは見えなかった森友学園問題の輪郭が浮かび上がってくる。
フィクションと現実は同じではない。
その違いを知ることこそ、この作品をもう一度見る面白さなのかもしれない。
『新聞記者』を見たあとに読みたい関連書籍・関連作品
Netflix『新聞記者』はフィクションだが、その背景には実際に起きた事件と、それを取材した記者たちがいる。
ドラマと現実の違いをさらに知りたい人には、次の作品も参考になる。
望月衣塑子『新聞記者』
松田杏奈というキャラクターを考える上で、まず読んでおきたいのが望月衣塑子の『新聞記者』である。
官房長官会見で質問を続けるようになった経緯や、それまでの記者人生などを望月自身が書いている。
2019年の映画『新聞記者』の原案となった一冊でもある。KADOKAWAから2017年に刊行された。
赤木雅子・相澤冬樹『私は真実が知りたい』
ドラマの鈴木和也・真弓夫妻と、現実の赤木俊夫・雅子夫妻との違いを知るなら、この本が最も直接的である。
赤木俊夫が残した手記と、公文書改ざんの真相を求めて国を提訴した妻・雅子の歩み、そして森友問題を追ってきた記者・相澤冬樹の取材が一冊にまとめられている。
ドラマでは松田杏奈が担っていた「遺族とともに真相を追う記者」という役割が、現実ではどのようなものだったのかも見えてくる。2020年に文藝春秋から刊行された。
▶ 赤木雅子・相澤冬樹『私は真実が知りたい』をAmazonで見る
伊藤詩織『Black Box』
ユースケ・サンタマリア演じる豊田進次郎と、山口敬之をめぐる現実との違いを知る上で外せない一冊である。
伊藤詩織自身が、自ら訴えた性被害と、その後の警察・検察への対応などを記録している。
ドラマでは豊田に助成金疑惑が与えられ、この問題は直接描かれなかった。だからこそ現実との違いを知る資料として重要になる。単行本は2017年に文藝春秋から刊行された。
山口敬之『総理』
豊田進次郎が山口敬之を強く想起させる理由の一つが、この『総理』である。
山口が安倍晋三をはじめ、麻生太郎、菅義偉ら政権中枢を取材して書いたノンフィクションで、2016年に出版された。翌2017年には文庫化されている。
ドラマで豊田が首相についての本を書いている設定と比較しながら読むのも興味深い。
映画『新聞記者』
Netflixシリーズより先に、2019年に公開された映画版『新聞記者』もある。
シム・ウンギョンと松坂桃李が主演し、新聞記者と内閣情報調査室の官僚という二つの視点から、政権とメディアの関係を描いた作品である。
Netflixシリーズとは登場人物や物語が異なるため、両方を見ると『新聞記者』という作品がどのように発展していったのかが分かる。
Blu-rayとDVDも発売されている。
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『i-新聞記者ドキュメント-』
フィクションではなく、望月衣塑子本人を追ったドキュメンタリー作品である。
松田杏奈と現実の望月衣塑子がどこまで重なり、どこから違うのかを比較するなら、ドラマのあとに見る作品として分かりやすい。
2020年にはDVDも発売されている。
▶ 『i-新聞記者ドキュメント-』DVDをAmazonで見る
ドラマは現実をそのまま再現したものではない。
しかし、こうした書籍や映像作品をたどっていくと、松田杏奈、鈴木夫妻、豊田進次郎らに与えられた設定が、現実のどの人物や事件から取り込まれ、どこからフィクションとして作り替えられたのかが、よりはっきり見えてくる。
Netflixドラマと現実の違いを読む
Netflixでは、実在の人物や事件をもとにしながら、フィクションとして再構成した作品がほかにもある。
細木数子の生涯を描いたNetflixドラマについても、実在人物との違い、モデルになった人物、ドラマで変更された出来事を整理している。


